第8話

人生とアルファロメオ

2002年11月5日に娘が生まれた。父親となった。
産婦人科に通いながら近くのスーパーの屋上にクルマを停車させた。ドアをロックして振り返る。

(あーそうそう、またまた文体が変化してますが、その日の気分で書いてますのであまり細かいことは気にしないよーにしてください。わははは。)

 日々を追うごとに親としての実感、あるいは責任のようなものが生まれてくるのを感じている。と書くともっともらしいが、実際にはそうあるべきだと思いこむ知識や理性と、そしてニンゲンという動物の親としての責任感や子供の愛おしさ、あるいは成人するまでの重責と喜びや不安、その他様々な想いがフクザツに絡みあった不思議な心境である。

 育児本を見ていると、母親になるといままで関心がなかった自然環境の事や、地球の事を考えるようになる事が多いと書かれていた。これは恐らく自分の生命を超越して、子や孫の世代、さらにその先の事を、特に女性は自分の体から新しい生命を生み出した壮大な宇宙のような神秘から本能的にそんな事を種族保存の本能として考えているのではないか?などと少し大げさに考えたりもした。

 自分の死後や残りの人生を語るほどまだ後半ではないが、ふともし自分の一生を誰かに、A4用紙1枚にまとめるならば今年2002年は親になるという壮大な節目になる事に間違いはない。西暦2000年の結婚。2001年に父をあの世に見送りそして2002年に自分が父となる。あの世に自分の人生なるものをもし仮に提出するならば、この3年間は非常におおきな項目の3年間になるはずだ。4用紙にまとめるとすれば、今までの様々な事はとるに足らない悩みであったり、苦悩であったりするのだが、その時点では相当につらい事もあったはずだが、そのほとんどは苦しみも悲しみも皆忘却の彼方へよき思い出として変化していくことだと思う。

 そんな想いでこのアルファロメロを見れば、たかがクルマである。人生の中ではとても小さなニュースだ。2002年の備考欄のメモ程度だろう。だが、されどクルマでもある。クルマのCMでモノより思い出みたいなキャッチフレーズが流れていた。親から子へ。受け継がれるべきものは財産や金ではなく、考え方や思い出、あるいは人生の生き方だと思う。
 苦しいことも将来の不安も考え方ひとつで明るくも暗くも感じる。同じ生きるならば楽しいほうがいい、面白い方がいい。そんな気持ちにさせてくれるラテンなクルマ・アルファロメオ。この子供が産まれた時期にクルマをアルファロメオにしたこと。まんざら間違った選択ではなかったなと実感しながら、このショットを撮影した。

2002年11月9日