山形新蕎麦ツーリング2003

今年も山形蕎麦ツーリングに参加した。
これは新蕎麦の時期に、わざわざハーレーで山形までおいしい蕎麦を求めて走るツーリングである。
主宰はくるま氏。仕事の関係で山形在住経験があり、恐ろしいほどに現地の蕎麦系重要人物とコネクションを持つ。今回も想像を超えた新蕎麦体験をすることができた。
今回の参加メンバーとハーレーは、
くるま氏(アトランタから日本へ持ち帰ったロードキング)
がく氏(初回はエボリューションのハーレー・2回目はショベルFLH・そして今回はツインカムのFLTR。次回はなに?)
kita氏(ご存じホビーワールド・ローライダー特化サイト管理人)
woo氏(HDO仲間でもある。今回はショベルローライダーで参加・ツインカムのFXDXも所有)
taku氏(蕎麦通リング初参加・ハーレー系巨大サイトHDN(ハーレーダビッドソンニュース)の管理人
Hitton氏(あ、わたしの事ね。レンタルハーレーギワク仕様と呼ばれる98年のロードキング)
の合計6台のハーレーである。ちなみに6台の中にパンヘッド・ショベル・エボリューション・ツインカムと4世代のハーレーがいるツーリングである。
ツーリングは前夜からスタートしている。と言っていいほど楽しみである。燃料を満タンにするためいつもの通勤路の信号待ちで停車すると隣の車線に不自然な車間を空けたまま止まる車があった。濃紺のメルセデスである。やや警戒しながら運転手の顔を覗くと、明日ツーリングに行くtaku氏であった。
普段、同じ湘南の某所に住んでいる割にはあまり合う事がないのだが、まさにツーリング前夜にバッタリ会うとは奇遇である。行く先は正面の酒屋だという。ツーリング前夜にしてまだ酒屋に向かうとは流石に酒好きならではである。
明日の集合場所を決めて別れる。
このツーリングの直前に買ったばかりのツーリングバッグをハーレーに装着してみる。以前からツーリングバッグが欲しかったのだが、なかなか踏み切れずにいた。15年以上使い続けたクシタニ製のツーリングバッグを先日ついに廃棄したのでその変わりに購入したJTC製の大型バッグである。実は前持ってナップスの店頭で確認したのだが、あまり使うものではないし適当なバッグで済ませようと一度は購入をあきらめたのであるが、ツーリング直前の週の深夜に再びどうしても欲しくなりネット通販で購入したのである。ネットがなければ恐らく買っていなかったであろう。いやはやブツヨク魔には怖い時代である。
ゴムをあらかじめ自分のバイクの取付位置に調整しておけばあとは4カ所を、バックルでパチンと固定するだけの優れものだ。大きさもロードキングにはちょうどよい小ぶりな感じで、左右にあまり張り出さないところも気にいっている。久しぶりにいい買い物をしたと納得。
はやる気持ちを抑えて数時間の就寝。
翌朝(といううより夜中に近いが)に起床して、いつも通り、自宅から少し離れた場所までせっせと押して歩く。押して歩くとロードキングの重さを実感できる。
表通りまで出てエンジン始動。寒いはずなのにいきなり汗が出る。暖気もそこそこに集合場所に向けて走り出す。
昨夜決めた集合場所で taku氏と合流。
彼のデュオグライドは6V仕様のせいか、始動性にやや難?があったものの道中も実に快調に走り続けた。
佐野サービスエリアまで、彼のデュオグライドが先に走り、私のロードキングが後を追う。いつもながらに優雅な様式美を感じるデュオグライドである。
そしてこうして彼と走るのは数年前のファミキャン以来実に久しぶりである。
首都高速湾岸線を走り、東北道を目指す。
東北道に入るとさらに体感温度が下がりはじめる。寒い。
久々に股下で爆発を続けるビッグツインの鼓動が心地よい。エンジン音も快調だ。頼もしい限りだ。
最近ロードキングからは風防を外していたが今回は寒さを予想して久しぶりに風防を装着。ワンタッチで装着できるところがうれしい。
普段チョイノリには実に、不都合な大きさであるロードキングであるが、こうしてロングツーリングに出かける際にはこれ以上はあり得ないような心強い相棒となる。
予定通りの集合時間に東北道の佐野サービスエリアに到着。夜明け前にラーメンの朝食を食べる。体が温まる頃にがくさん意外のメンバー全員集合。いざ北上をはじめる。エンジンを始動する頃には夜はあけはじめていた。
がくさんとはさらに北のサービスエリアで合流。天気も快晴で気持ちがよい。
さて、11月下旬の山形ツーリングである。暖かいはずもなく、寒さを覚悟のツーリングであるが、今回は体に電気仕掛けのベストなんぞを仕掛けたメンバーが全体の過半数を占めていた。
だいたい体のあちこちからカールコードが伸びて、無線やらで交信しつつ・・あーやだやだ(笑)そのうち体だけロケット噴射して空でも飛べそうな雰囲気である。
くるま氏は、わたしの贅肉を巧みに利用した人間発熱システムを知らないのか、サービスエリアで「痩せ我慢はよして電熱ベストへ亡命を!」と誘惑を促すが、すかさず私は「痩せ我慢ではなく正確には太り我慢です」と訂正しつつも、北上するにつけ3連休だと言うのにオートバイの姿を一切見ない風景に身も心も冷えてゆくのであった。
この時期は山形県内に入ると道も空いていて、順調に到着。東根I.C.まで高速道路も延びていて、今までよりもより快適にスバヤク蕎麦にありつけるようになったのはうれしい。

まず初日のお昼の蕎麦は、今回初となる井上左千夫さん宅訪問である。井上左千夫さんは前回の山形蕎麦ツーリングで購入した「あらきそばの神髄」にも登場する蕎麦農家のお宅である。関東エリアでは快晴だった空も、山形県内に入るとどんよりと雲があり、ところどころで雨も降り出した。晴れたり雨が降ったりの連続で、そのおかげで私は生まれてかつて見たことがないほどの数の虹を見ることができた。全部つながった虹をみたのも久々だし、穏やかな田園風景の中にできる数々の虹は撮影こそできなかったものの最高の風景であった。
東根I.C.で降りた時は晴れ間も見えたのでカッパを脱いだのが運の尽きなのか、井上さん宅に向かう次年子に向かう途中から雨がまた降り出した。井上さんの家は蕎麦屋ではないので普通の民家の家に訪問する感覚である。初めてなのに懐かしい雰囲気だ。カッパを脱いで次々と出される山菜類や漬け物はどれも信じられないほど美味い。しかも初耳なキノコ類も多く実は少量でもありがたい食べ物ばかりのようだ。
もちろん楽しみにしていた蕎麦も美味い。しかもこれでもかっ!というほどどんどん出してくれるのでいきなりお腹の中は蕎麦でお腹いっぱいになった。この感覚は久々である。自分で育てた蕎麦を自分で打って出してくれるので歌で言えばシンガーソングライターである。
ふと外を見ると、雪がしんしんと降ってきた。ツーリング先とは思えない風景である。バイクのツーリングで雪を見るのは、オフロードバイクであえて真冬の林道を走り回っていた頃を除いては記憶にない。
井上左千夫さんに、「このあたりは雪が積もるんですよね?」と、我ながら愚問を投げかけると、笑いながら「つもるなんてもんじゃないよ!3メートルだよ!」という答えがかえってきた。
雨の雪との微妙な境目のような状態が続くなか、井上さんの家を出発。ここから本日の宿、銀山温泉はすぐの距離である。山を下ると雪は雨にかわった。
前回の山形蕎麦ツーリングに参加したあとに、ふとしたきっかけからNHKの朝の連続ドラマで、かつて大ブレークした「おしん」を観た。そのおしんの舞台ともなった銀山温泉である。
銀山温泉での宿はいつもの滝見館。従来の滝見館もきれいな宿だったのにさらに今年は全く新しく滝を見下ろす場所にできていた。この宿も宿の女将さんもオーナーも、くるま氏の親しい友人である。宿に到着するとさっそくハーレーの置き場所を確保してくれた。カッパや装備が雨で濡れていたため、乾燥室で
乾かしていただくという配慮までしていただく。
以前の場所はいわゆる谷にある銀山温泉街の一番奥に位置する宿であったが、今回の場所はその位置からちょうど山を登った位置である。屋号である滝見館という名は滝が見えるからであるが、今回の場所からは滝を見下ろす場所となった。最大の魅力は露天風呂ができたことである。
早速冷え切った体をあたためるべく温泉に入る。温泉に入ると恐れていた予感は的中し(笑)また雪が降ってきた。さらに木々は白化粧をはじめている。このまま白銀の世界になるのだろうか。

とりあえず雪見の露天風呂である。スキー宿ならばともかく、ツーリング先の宿の露天風呂で雪を眺める体験は初めてだ。寒さに耐えてツーリングをしたからこそ価値がある露天風呂だが、これが暖房の効いた車できているとここまでの価値はないのではナイカ?などとシアワセを堪能しながら至福のひとときのはじまりである。
お風呂を出ると浴衣に着替えて贅沢な時間。
お食事の用意ができておりますとの合図で別室に行くとまさに豪華絢爛な・・と色々詳細に書くと、参加者のメンバーは全員妻帯者ですので、今後のツーリング計画に支障があるといけませんのであまり詳細は書けないのですが、んまあとにかく美味しいものばかりのオンパレードでして・・(もっと他に気の利いた表現なないのか?と我ながらあきれますね)
お酒の用意は?と聞かれて、俄然目がキラリ★!と光ったのは、今回蕎麦通初参加のHDNのtaku氏。九州男児故に、お酒という言葉にピクッ!と反応するようである。急に立ち上がって酒の分量を的確にオーダーするのであった。
お膳に次々と並べられていくのは、まさに地の物、山の幸!美味い!。昼の食事もそうであったがこれでもか!これでもか!と並べられていく様はまさに圧巻である。
さらに囲炉裏には、串焼きの魚がある。
さらにその上の鉄鍋には芋煮が炭火にかけてある。いったいどこまで食べ物があるのか。しかもまだ肝心の蕎麦も控えている。滝見館は蕎麦の宿であることを売りのひとつにしており、旧館の滝見館は、お昼には蕎麦処として営業している。そこらへんのワケワカの宿が、オマケのように出す蕎麦とはわけがチガウのだ。
しかしなんたる事だろう。肝心の蕎麦がお膳に並べられた時には、もうすでに超満腹。

さらに美味そうな山菜の天麩羅が登場したりしてさあ大変。普段の食生活を考えるともったいないことこの上ない。なかなか箸の進まないわたしと隣に座ったがくさんの蕎麦を、酒のみtaku氏が立ち上がって、「これが蕎麦通リングの実態だっ!蕎麦を残しています!」と言いながらデジカメに収めていた。しかしなんと言われようともまさかこんなに量が、あるとは・・。
やっとデザートらしき色彩の食器が出てきたので安心して口につけると、なんとまだおかずである。マイッタ!さらに立ち上がろうとするボクサーをノックアウトするがの如く、芋が煮えておりますので用意しましょうか?と芋煮が入ったお椀がさらにお膳に・・・。となりのがくさんは完全に箸のスピードがなくなり目もうつろである。
これが不味いものであれば、あきらめもつくのであるが、そこにあるのは絶品の蕎麦である。美女がまさにベッドに横たわっているのに睡魔が襲ってくるような感覚だろうか?(なんだそりゃ?)据え膳食わぬは男の恥と言うが、まさにその境地である。流石に天麩羅は完食できなかったが、なんとか時間をかけて蕎麦は食破した。(←こんな単語があるのかどうかしらないが、こんな気分である)。
最後にデザートが出てきた。さっきデザートだと思った物は実はおかずだったので全面的に警戒をといたわけではないが、どう見てもアイスクームのようなので今度はデザートであろう。
口に含むとラフランスの香りが口いっぱいに広がるラフランスアイスであった。こうして長い食事の時間は終わって、部屋に戻る。普通これだけの満腹感をたとえば焼き肉とか洋食で体験すると、かなりお腹がクルシイのであるが、消化がいいのか?不思議と不快な満腹感はなくスッキリしているのがすごいところであろう。(ってなにがすごいのか・・)
夜は送迎バスに乗り込んで深夜の銀山温泉街を散策した。バスから宿に戻るとちょうど花笠踊りをロビーで踊っていたのでそれを鑑賞する。花笠踊りは子どもの頃、小学校で踊らされた経験があるが、流派の違いでいくつかの違いがあることを知った。ちなみに花笠踊り発祥の地は、この銀山温泉からほど近い徳良湖(とくらこ)が発祥の地と言われている。
やはり皆走り疲れたのか、あるいは年なのか?(笑)ほどよい時間には眠くなり枕投げをするでもなく、あるいは若い女の子をナンパすることもなく静かに床についたのであった。
★山形蕎麦ツーリング2日目(2003年11月23日)
朝、目が覚めた。と書くべきところだが、現在の時刻はまだ夜中の2時すぎである。朝というより深夜だろう。どうやら前日のツーリング起床時間と同じ時刻に目が覚めたらしい。
とりあえずやることもないので、露天風呂に行く。確か24時間入れたと思う。露天に入ると雪はまだ降っていた。風呂上がりにミネラルウォーターを自販機で買う。しかしよく朝お風呂に入った時に気がついたのだが、お風呂場から出てすぐの廊下には無料のミネラルウォーターの機械があったのだ・・。
布団に入るといつのまにかまた眠ったようだ。こんどは本当の朝に目が覚めた。同じ部屋にはくるまさんとwooさんが寝ていた。先にwooさんが起きて一緒に露天風呂に行くことにした。露天風呂でwooさんがかつて乗っていたというカワサキのZ650通称ザッパーの話で盛り上がり、お風呂から戻るともうみんなは朝食を食べ初めていたのである。なにを隠そうわたしは宿の朝食が大好きである。炊きたてのご飯や海苔、卵、漬け物、みそ汁と、ああ日本人に生まれてきてシアワセ!と堪能できるからである。今は平気だが、若い頃スキーツアーなどでペンションなんぞに宿泊すると朝からミルクとクロワッサンなんぞが出てきて、内心、こんなお菓子のような食事で力がでるか!と嘆いたものであった。
食事を終えたあとは出発の準備である。出発前にロビーでコーヒーをいただく。今日は距離を走るわけではないので時間にゆとりがある。積雪がなければ月山方面もルート候補にはあったのだが積雪によるチェーン規制で断念。今日の予定は、まずはあらき蕎麦である。
あらき蕎麦は到着するとすでに混み始めていた。いつものように整理札を手にとり順番を待つ。止まっている車のナンバーも東京のナンバーが多い。皆さんご苦労なこってす!って人のことは言えませんが(笑)。

あらきそばの店内
順番を待ち、いよいよ蕎麦が出てきた。いつものあらき蕎麦である。これぞまさに板そばであるといった風情の漂う板の上に新蕎麦がドーンとだされる。安心感のある佇まい。予想を裏切らない蕎麦の味。美味い。そして真っ黒なにしんもいつもながらに絶品だ。
あらき蕎麦の後は、最上川の川下りをすることになった。と言ってもラフティングのような川下りではない。観光用の小舟で川を下る。正式名称は「最上川三難所舟下り」という

kita氏とTaku氏
山形県は今も昔もこの最上川が、人々の中核として母なる川として存在する。NHKドラマ「おしん」の
中でもその事が巧みに表現されていた。
川底からは鋭利な岩肌が時々その姿を見せていて、船のルートはその川底の岩を絶妙に避けながらのルートで川を下っていく。今日は水かさが多いためイマイチその絶妙ぶりがわからないが、水かさが少ない方がその様子がよくわかるそうだ。
途中は船頭さんのナーレーションによって川の説明を受けながら純日本的な風景はゆるりとその姿を見せてゆく。
最上川舟歌を船頭さんが唄う。バスガイド兼ドライバーのような役割をこなす。
川面を眺めていると、ふと酒田まで下るのはまだいいとしても、当時このルートを上流まで引き上げていたとは驚きである。あまりに急流な場所は一度陸に上げて運んだカ所や、あるいは陸から綱で引っ張ったカ所が多数あったという。岩肌や集落に当時の名残を残しながら川を下ったところでカラオケタイムとなる。
我が蕎麦通輪倶楽部の隊員からは今回の山形隊リーダーであるくるま氏が一曲披露した。実に多芸である。
そうこうしていると船も折り返し地点である三ケ瀬橋を過ぎて隼に到着。本来はもう少し先まで行くそうだ。

美しい最上川の川面
「おしん」で、幼きおしんが、家族と別れを告げ酒田に向かう、有名なシーンの撮影もこの周辺で行われたそうである。少し折り返し上流に戻る。流石に流れに対向して動くためか船も苦しそうにゆっくりと上流へ向かう。
船着き場での記念撮影
船着き場に到着し、乗客を降ろした船を見ているとまるで違う船のようなフルパワーで上流に戻って走り去っていく。まるでスパイ映画のスパイ船のような豹変ぶりに一同驚く。なんだわざとゆっくり走っていたのか・・。
ハーレーを停めてあった碁点までマイクロバスで戻る。この間にtaku氏のデュオグライドは碁点温泉近くのガソリンスタンドに停車していたのであるが、この時のハーレーをHDOの仲間が目撃していた。また道中この時期のハーレーツーリングは珍しいのか、そのHDOの仲間の元へ複数の走行目撃情報が寄せられている。いやはや悪いことはできませんねえ・・・・。(しないけどね・・)

碁点給油所で私のロードキングを撮影
ハーレーに乗って次は温泉に向かう。といっても目の前の碁点温泉がある。すぐ入ることはできるができれば行ったことがないところという事で再び北上して、大石田のあったまりランド深堀に向かう。
風呂から出ると周囲はすっかり暗くなっていた。湯冷めしないうちにスバヤク走りはじめる。夜の道をしばらく走ると見覚えのある場所にたどり着いた。過去の山形蕎麦ツーリングでもお世話になった羊舎さんである。 その名の通り羊舎がある。 飼育からレストランでの消費まですべて自分で運営している。ちなみに羊舎さんは宿泊施設ではないので、くるまさんの友人宅として宿泊させていただく。羊舎の西塚さんはこの羊舎のログハウスもすべて自分で建て、またスキーやカヌーの達人としてもあらゆる分野ですごいスーパーマンのような方である。
今日の夕食はジンギスカンである。本格的なジンギスカンを本格的な装備と本格的に美味しい羊でいただくのでそれはもうとても美味い。ジンギスカン料理に対する価値観、まさにジンギスカン観が一変するだろう。今まで食べてきたのは似て非なる物だったことを。
食べ終えたあとはお約束のお酒タイム。九州男児taku氏いよいよ本領発揮の時間である。まずはビールからスタートしていたが、途中からまろやかな幻酒に切り替えていく。
途中、ワイン通でもあるきkitaさんより、ワインの提供が、あった。
わたしは正直ワイン好きではなかったし、正直どうでもいいと思っていたが(笑)、実にこの瞬間からワインという世界の奥深さを垣間見たのである。目から鱗である。
kitaさんがワインの説明をしている。お花畑の香りを楽しむようなメルヘンな説明を酔っぱらったおやじたち5人が聞きながら(あ、わたしたちの事ですね)うなずく。
「ヴィオニエ」という品種のぶどうを使ったもので、フランスでは「コンドリュー」という南フランスの村だけで栽培されている品種だそうだ。
とにかく今まで飲んだことのない香りと味を堪能した。
その後も、白く濁った酒である(謎)HI-Cの容器に入れてあったのでみんなでハイシーと呼ぶ。(さらに謎)
3時間ほどみんなでいろいろな会話を楽しむ。その頃に相当お酒が回ったのか酒豪taku氏が立ち上がってネット社会に関する難しい単語を並べながら演説モードに入る。そろそろ終焉の予感がしたころ突然「じゃあワタクシは先に寝ます」と寝袋に転がった。それをきっかけに宴もお開きとなり。各自寝袋の中に入る。
kitaさんと私はまだ目が冴えていてまだ会話を続けたい状態であったが皆さん就寝モードだったのでおやすみとなった。
★山形蕎麦ツーリング2日目(2003年11月24日)
目が覚めるとあちこちからイビキが聞こえる。でも私がいつも非難されるので私のイビキはこれらと格が違うのだろう。夜が明けると霧が出ていた。天気がよくなる証らしい。
日が昇ると快晴である。朝食をいただいて出発である。馬とも記念撮影をして鉄馬もエンジン始動。

まずはレストランから5キロほど離れた場所にある羊舎(屋号)の羊舎(ひつじさんがいる場所)まで向かう。話がややこしい。羊は動きがコミカルで集団で移動し、止まり、ふたたび集団で動き出す。
この場所で一足先に帰路につくwoo氏とtaku氏とお別れとなる。我々蕎麦通輪倶楽部本隊は、そのまま最後の蕎麦屋へ向かう。次年子にあるその名も次年子蕎麦というお店に入る。前菜であるおつけ物の登場から蕎麦の登場まで相当時間がかかったが、蕎麦そのものは美味であった。量も満足の行くレベルであった。

次年子そばの外観

そば・けっこうボリュームがあって美味!
と同時にあらためて、昨日のあらき蕎麦の蕎麦打ちスピードと客さばきの妙を感心する事にもなった。
こうして2003年の山形蕎麦ツーリングも終了。お世話になった山形の皆さん本当にありがとうございました。そして参加メンバーの皆さん。なにからなにまでまるでツアーコンダクターのような緻密で念密な計画と実行力でくるま氏に感謝申し上げます。
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