元祖蕎麦通レポ Hussy編

元祖蕎麦通レポ Hussy編

5周年だそうである。結構凄い事だと思う。
5年前といえば、僕が美大受験の為に予備校に通い、朝から晩まで木炭や油絵の具にまみれていた頃だ。
あの頃からみなさん旨い蕎麦を求めて西へ東へ愛車を駆って
走り回っていたのかと思うと、なかなか凄いと感じてしまう。

小学生の頃からハーレーに憧れていた僕の初めての愛車はHONDAのSHADOW400だ。
好きなバイクは数あれど、僕にとってはバイク=ロックンロールだったので、乗るならアメリカンだった。
そんな愛車SHADOWが1年足らずで盗難に遭い、
ハーレーを買うためにひたすら節約&アルバイトで貯金。
車種は高校生の頃からFLSTCと決めていたが、いざ購入となった時、となりのFLHRCIが強烈に気になった。  
車種選びで揺れていた頃Hitton Web Siteを知り、FLHRCIに乗られていた狼金氏からメールで
あれこれアドバイスを頂き、いずれ一緒に走ろう、と、夢のような一言を頂いた。

本当に彼らと共に走れる日が来るのだろうか、ハーレーが納車される事さえ夢の様で信じられなかったが、
今年3月にFLHRが納車され、あっという間に慣らし800kmを走り切った頃、本当にお誘いのメールが着ていた。

蕎麦通のページは知っていた。Tシャツまであって、何やら本格的だ。
僕も蕎麦は好きだが、それはあくまでカレーが好きミートソースが好きなどというレベルの話で、
数々の掟(!!)をみて、僕には無縁のものだと思い込んでいた。
だから誘われたのが蕎麦通だと言う事に驚いた。
「え、無理。。」、、メールを見て思った。。。僕には蕎麦の何たるかなんて全くわからないし、
福島まで行って昼食がマックだったとしても構わないような性格だ。
蕎麦屋に迷惑をかけないよう、みんな凄い静かなマフラーだったらどうしよう。
果たして迎え入れてもらえるのか!? 第一キャンプ用品なんて一切持っていないのだ。

でもこれはハーレーならではの出会いであり、ツーリングでありキャンプである。
装備も持たず、心の準備もままならぬまま参加を決めた。
前日眠れなかったのは勿論のことだ。

5月3日
大泉から乗った外環は、慣らしに徹してきたロードキングにとって初の高速道路となった。
集合場所川口で、遂にネットの向こう側の人達と対面した。知ってるようで知らない不思議な距離感だが、
一緒に走るには充分で、また心地いい距離感でもある気がした。

しばらくして集まったのは7台のハ-レーと1台のBuell。
当然ハーレー乗りと走るのも初めてだから、物凄く興奮した。
そしてみんなのマフラーがデカイ音で良かった!!
しばらく下道と聞いてどれだけかかるのかと思っていたが、ひたすら、驚くほどの快速。
途中の合流と休憩を含めても、磐梯猪苗代ICまではあっという間だった。

どのバイクも適度な使用感があってかっこいい。FLHなんて僕と同い年だ。
それにひきかえ僕のロードキングはまだまだおろしたてのこなれて無い感じ。
いつの日かいい感じのシブイ輝きを放ってくれることだろう。

あっという間に着いた蕎麦屋は「おおほり」。
「これがアルファロメオか!」最初に感じたのはこれだ。
ハードロックを血液に育った僕にとって、憧れの車は'79コルベット スティングレイ。
シボレー タホのような銀行強盗風の大きな4駆も好き。どちらにしてもヨーロッパの車は
結局の所アメ車より日本車寄り。。と勝手に結論づけていたが、なかなかどうして、
かっこいいなと素直に思ってしまった。

「おおほり」の蕎麦は100%生粉打ち蕎麦で地元猪苗代産の・・・、
というのは蕎麦通レポ狼金編を読んで知った事で、当然僕には何もわからなかった。
値段も立派な蕎麦屋になるものと思っていたが、リーズナブルで、しかも器が深くしっかりした量があった(大盛り)。
結果としては翌日食べた「源蔵」の方が好みであったが、
空かした腹も満足の味と量であった。


お腹もいっぱいになって向かったのは桧原湖畔のキャンプサイト。
「おおほり」駐車場でも思ったが、こう大勢で砂利道を走ると土煙が絵になるものだ。
そんな話は別にいい。
僕達はキャンプ場の片隅(かなり広いが)に設営を始めた。
こう言うと聞こえがいいが、僕自身は、狼金氏に持って来て頂いたテントを
狼金氏が組み立てていくのを邪魔にならぬよう見守っていただけだ。
テントって凄い、欲しい・・・。
そこにはあっという間にテントが並び、あっという間に食事の準備が始まった。
さて僕は何をやればいいものか。誰を手伝うべきなのか。。
そう思ってうろうろしていたら、やった!、仕事だ。

どうやら餃子の皮を作るらしい。非常に重要な作業であるらしい、
まずい事になった。
小麦粉に決まった分量の熱湯を注ぎ、塩とごま油を加える。
狼金氏の見事な手さばきで、なんとも旨そうな皮のかたまりが出来あがった。
これをあと2回、つまりこのかたまりをもう2個作らなければならない。
狼金氏は具を作りに行ってしまったから、僕がこねなくてはならない。
見様見真似でやってみる。
正確に計った小麦粉に、正確に計った熱湯を注ぎ、手を突っ込む。。
「あ〜っっっっちい!!!!!」
メッチャクチャ熱いのである。
さっきまでグツグツ音をたてていたお湯を注いだのだ、
熱くて当然だ。狼金氏は何故平気なのか、氏の指はどうなっているのか、未だ疑問のままだ。

悪戦苦闘しながらみんなで作った餃子はやはり旨い。
海鮮おこげ。
初めて食べた。
キャンプ場での食事とは思えない美味しさだ。
大きめの皿で良かった、ちょっと得をしたかも知れない(笑)。
焼き鳥も然りだ。焼き鳥は大好きだ。あるだけ食べてしまった、申し訳ない。

大学にはよく泊まった。本当はいけないのだが、制作の為、結構宿泊者がいて、しかも黙認されていた。
宿泊する人数が多かったり誰かが誕生日だったりすると、みんなで買い出しに行って

火を焚いて夕飯を作った。そして炭が消えるまで、酒を呑んだ。
絵画科だったから、キャンバスの木枠やらひび割れたパネルやら、燃やす木はいくら
でもあった。
変な薬品の染みた木は、青く燃え上がって異臭を放ったりしたものだ。

満天の星空の下、やっとのことで手に入れたロードキングの横で、知り合ったばかりの人達と火を囲んでいる自分。
夢を見ているような感じだったけど、その火は大学でよく見たとても懐かしくて暖かい火だった。

それなりに走ったからだろうか。
あっという間に眠り、気が着けばもう朝だった。
今日はさらに北上、山形県南陽まで向かう。
883さん、トラウトさん、モスキートさんカップルとはもうお別れだ。

それにしても先頭の人達は速い、速い、速い。
これは「ねじきり走行」といって、、、というのも後で知った話だ。
しかし飛ばす気持ちも十分理解できる気持ちいい道ばかりだ。
僕の場合テクが無いので峠は結構大変だった。ついて行くのがやっとだ。
快速でスカイバレーを抜けて快速で山形県へ入り、
米沢市街を快速で通過して到着したのが2件目「源蔵」である。
いかにもお蕎麦屋さんな雰囲気を感じた。勝手に期待大だ。

まず漬物が旨かった。箸が止まらなかった。
蕎麦に関してはやはり良く分からなくてレポートにならないが、
つゆは「おおほり」よりしょっぱくて濃い感じ、だったと記憶している。
そしてこのつゆの方が僕には旨く感じられた。
2皿(3皿の方も・・・)たいらげて、なんともう僕は帰路だ。
なんてあっけないのだろう。
いよいよ楽しくなってきた、と思ったらもう帰らなければならない。

これからキャンプの買い出しに行く人、蕎麦を求めて更に北上する人。
みんなに別れを告げて、いよいよ帰り道が始まった。

昨日も今日も10台以上だった立派な車列が、上りの東北道ではなんと2台だ。
渋滞していないことを祈りつつ、ひたすら東京を目指した。
なにもかもがあっという間の出来事で、やっぱり夢を見ていたような感覚があり、
帰り道は正直言って相当切ないものがあった。

慣らしの終わりきらない我がロードキングに合わせて帰り道を一緒に走ってくれた
Mさんのヘリテイジが和光で出口へそれて行った。
あぁ、ついに一人だ、いつも通りの光景だ。
いつも行くカフェに寄って、いつもの様にバイクを磨いた。

蕎麦は確かに旨かった。餃子の皮も失敗しなくて良かった。
ただ、なんと言えばいいのだろう、
蕎麦や餃子はおいといて、こうして沢山の素適な人と知り合えたこと、
バイクにおいても、人生においても僕なんかよりよっぽど経験豊富な先輩の輪に
飛びこんでしまえたこと、、それにとても感動したし、それが嬉しかった。

その全てのきっかけがこのロードキングにあったのかと思うと、
どうやら間違い無く人生最高の買い物をしたようである。
このロードキングと、こいつに跨って出会う人や景色を、いつまでも大切にしていきたい、そう思った。

最後に
ハーレーにもキャンプツーリングにも不慣れな若輩者を暖かく迎えていただき、
一緒に走ってくれた参加者の皆様、本当に有難うございました。
またお会い出来る日を楽しみにしています。

蕎麦通レポ Hussy編  完


蕎麦通リング
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