刀屋

これぞ大盛りだ!
と私は断言したい。
場所は長野県の上田市の刀屋。
あの知将、真田親子の里である。
このお蕎麦屋さん、先祖は刀屋だったらしく
その屋号を受け継いだと聞いたことがある。
営業時間等は調べてもらうとして
気をつけなければいけないのは日曜日が定休日だ。
観光客相手の高飛車な商売ではないことが
この休日設定からも伺える。
良心的な店である。
価格は大盛りでも800円である。
800円の大盛り普通ではナイカ?と感じるようでは
考えが甘いと言わざるを得ない。
分量と注文時の注意については後で詳しく述べるとしよう。

蕎麦通リング中に立ち寄る場合は土曜日に
いくしかない。
場所的にツーリングの道中に立ち寄るには最適だ。
ただ一般国道は意外に混む時も多いので
上信越道を使うと素早く移動できる。
私がよく使う大好きな刀屋までの道のりは
神奈川県から中央道に乗り、途中須玉I.C.で降りて
国道141号線をひたすら北上するルートだ。
途中、野辺山、小海、臼田、佐久とのどかな国道を
淡々とハーレーで走るには最適の道だ。
少し早朝から走れば道も空いている。
但し標高が高い地帯を抜けるのでかなり寒い時もあるので
注意が必要だ。暑がりの私が8月にかなり寒いと感じたほど
なので早朝の冷え方は半端ではないはず。
真夏の早朝をハーレーでわざとゆっくり目の速度で
ひたすら停まらず走り続ける事ができてかつ、
景色もみながら走れる素晴らしい本州の道のひとつと
記しておこう。
しかもツーリング先で待っているのは大盛りでしかも安い
うまい蕎麦である。
私はこのR141を買ってに刀屋ロードと呼んでいる。
佐久を超えると市街地に入り交通量も多いので
急ぐ場合は佐久インターから前記の上信越道を使うとよい。
私は往復このルートで何度かこの刀屋へ行ったことがある。
復路では、途中うまい焼きとうもろこしを売っている
野辺山の休憩エリアで立ち寄る。
なかなかいい場所である。

詳しく述べる前に東京系。
いわゆる江戸の蕎麦について触れておきたい。
東京の蕎麦は量が少ない。
その事を指摘するのはどうやら野暮であって
粋ではないそうである。
理由は痩せた土地で蕎麦しかとれなかった主食の代用品として
お腹いっぱいに食べるものではなく、
あくまでも江戸っ子のおやつ的感覚として、
今風にいえばファーストフード的間食という位置づけの食べ物だったそうだ。
フランスのクレープも元は痩せた土地の代用食品だったところ、
パリに進出したとたん、パリジャンたちのお洒落な間食になったというのと
期せずして似た運命をたどった小粋な食べ物らしい。

お洒落で粋なのはわかった。
だが、私が好きな蕎麦はやはり田舎でお腹いっぱいに安く食える食事系の蕎麦だ。
私はこの刀屋の蕎麦の大盛りを少なくとも金額と量において日本一だと思う。
いや刀屋には負けません!という威勢のいい蕎麦屋が
名乗りをあげて欲しい気がするが、今のところこの金額と分量では間違いなくトップクラスである。
いやダントツの1位だろう。

さて店内に入ると店の方が注文を聞いてくる。
わたしは初めて入った時に、迷わず
「大盛り!」
と注文したのだが、信じられないことがおこった。
なんと店の方がその注文を受諾してくれないのだ。
困った。
せっかく神奈川県からはるばるやってきたのに。
分量も写真で見て知っていると言っても、
まるで戦場を知らない士官学校出の将校をあざ笑うかのように
いっこうに注文をうけてくれない。

刀屋さんの名誉のために言っておくが、決して客をいじめているのではない。
安易に大盛りを注文しておいて、結局残す人が多いためにあらかじめ助言してくれているのだ。
それにしても注文しておいて食べきれず残すとはあまりに蕎麦を作ってきた人々すべてにおいて失礼な背信行為である。

さて私の刀屋初体験は、周囲からの援護射撃で、
「この人は、もう蕎麦をむちゃくちゃ食べるんですよ!」
という、なんか人をまるで怪物のような表現で説明してくれたおかげ?で
なんとか、大盛りを受諾してくれた。

だが無条件ではなく、条件付きである。
この条約には、先の普通盛りを食べてみて、それでも尚かつ食べる余力があれば、あとから大盛りとの差分を持ってくる(盛ってくる)との事であった。

なめられている。と悟った。
はじめから全軍と交えるのではないそうだ。
不満足ではあったが、郷に従えという諺を思い出し待つこと数分。

蕎麦は、その姿を現した。
驚きであった。
普通盛りは、普通ではないのである。
はやくもこの分量を普通と言い切ってしまうところで
私は「刀屋」おそるべし。と背筋がつめたくなるのを感じた。

そして思わず、
「お主!やるな!真田丸!」
となぜか大阪城を攻める豊臣勢の武将になったような気持ちを感じた。

これはいい!不足なし!と私も笑顔で周囲も食べ始めた。
食べ初めて数分後。
恐らくみんな心に感じていた恐ろしいことを
誰かが口に出した。

「あのさー、おかしいよなあー、さっきから食べているのに量がかわらない・・」
と。一同黙々と蕎麦をすする音が静まりかえる。
そして口々に
「底が見えてこねえ・・」
などと動揺がはじまった。
こんな時に、知将は毅然とした態度をとるべきであるが、
「お!おのれ!謀られたああああ!」
なんて事は言わないけど、まるでだまし打ちにあっているかのように
食べても食べても量が減らないと誰しも感じたのである。

昔買った蕎麦のガイド本には、この刀屋の蕎麦を評して
「分け入っても、分け入っても蕎麦の山」
と書かれていたが、まさに言い得て妙である。
山頭火が生きていたら同じ事をおもわず口にしたであろう。

だが私も男である。
ぶたに二言は・・。いや!武士に二言はないのである。

なんとか征服し、差分の追加が小盛りとして出てきた。
「おいおい!これのどこが小盛りじゃあ!」
流石の私もこの小盛りを征服した時点で力尽きたのあった。
と言いたいが、実はとなりに座った笑平氏より分けてもらった
記憶がある。
我ながらやるものだ。なせばなる!
え?自慢にはならないですか?

さて話を戻そう。
それから数度の刀屋、大盛りの合戦を交えた今年の冬に
再び刀屋を訪れた。

冬なのでカミさんを連れて車で行った。
こう書くとさぞ仲よしの休日に思えるかもしれない。
もちろん平和な時代であれば、
「おいしい蕎麦を、あんな遠くまで連れていってくれて
ありがとう!」
って解釈であるが、ひとたび交戦状態になれば
「長野県まで、わざわざ蕎麦を食いにいくのにつきあわされて
こっちは甚だ迷惑千万!!!」
とトリプルコーションマークものである。
えーまあそんなことはさておき、再び刀屋である。

今回もご注文は?と聞かれて
即座に
「大盛り」
と答えた。
するといつものように
「当店で大盛りを食べたことはありますか?」
と聞いてきた。
どんな店員でも必ず聞いてくるのできっとマクドナルドのようにマニュアル化されているのかもしれない。
「ご一緒にポテトはいかがですか?」と同種であろう。

私は自信を持って
「ええ!いつも大盛りを食べています!」
と力強く答えた。
その声は店内に響き渡る。

その自信が通じたのであろう。
初めての大盛りが目の前に登場したのである。



見事だ。
写真はまるで富士山の模型の俯瞰写真のようだが、
まぎれもない蕎麦の写真だ。
だが写真からはこの大盛り具合のすごさは実感できないと思う。

この大盛り蕎麦。実に食べるのが難しい。
というのも机の上に富士山のように下へどんどんと蕎麦が斜面を落ちていくのだ。
富士山を登山した方なら想像できると思うが、須走り側の斜面の如く、
とにかくずるすると落ちるので、仕方なく数本づつ箸でつかんで少しづつ山を低くするが、いっこうに低くならない。

ちなみにカミさんの方は中盛りにした。
もちろん量の多さを伝えて、説得の上で決定した量であった。

やがて時間がすぎた時に、カミさん曰く
「めずらしく私の方が先に食べ終えたねえー」
といいながら手を出そうとするので断固拒否。
やはり自分で勝負はつけたいのであった。

やがてすべてを胃の中に収めた時、なにかを成し遂げた時に感じる至福感を感じた。というのは大げさでない私の感想だ。(おおげさだけどねえ(笑))

量ばかりが、先行する刀屋評価だが、まずい蕎麦はそもそもそんなにたくさん食べたくても食べることができないのである。
蕎麦の味覚は個人差があるので中にはそれほどの評価をつけない人もいるかもしれない。しかしそれはひょっとしたら、あまりの量の多さ故に、そのおいしさのありがたみが半減しているとも考えられるという危惧すべき側面があることを付け加えておきたい。
量、価格、味と、まさに三拍子揃った蕎麦屋であると私は感じた。
2002年4月18日


蕎麦通リング
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