翌日は寝不足にも関わらず朝6時頃目が覚める。キャンプだといつも必ず朝は早く目が覚める。たぶんリセット効果なのだろう。人間を本やトイレ、食料など必要なものは補充できる状態にして、時刻と外の光は一切遮断して生活させる実験を行うと、はじめは不規則な生活になるが、そのうちに正確な25時間サイクルで1日の生活を行うそうである。ところが実際の1日は24時間なのでその1時間の差はどうなっているのかを研究したところどうも朝の太陽光がリセットになって1時間の差を補正しているのではないかということだ。確かに国際線の飛行機に乗っていると無理矢理窓を閉めて夜を作っているし、全く光の入らない寝室は健康上よくないと聞いた事がある。そんな話を思い出しながら、ぼーっとトイレに並ぶ。キャンプ上施設の印象はロケーションが一番だが、その次にはトイレが来ると思う。今回は仮設トイレだったのでそれなりだった。4月のブリージーキャンプの時のトイレは人間の数に対してトイレ数が少なく朝などはかなり渋滞していた。そのかわり中に入ると、どういう構造なのかよくわからないが、常に水が流れていて悪臭もなくきれいなトイレだった。昔の川屋はこんな感じだったのだろうかとその時思った。
朝食はFATBOYに荷物を満載してきた星野店長のおかげでおいしいやきたてのトーストを食べる事ができた。FATBOYには大きめのドームテント、スノーピークのイス、ガソリンランタンやら調理関係機材など、すごい装備でおかげでみんな快適に過ごす事ができた。そのころまず湘南星野と世田ヶ谷ロードキングさんがまず第一便で湯郷を後にする。つぎに10時頃2台が第2便で出発。今日も天気はいいのでもうかなり暑い。寝ていた人も暑さで起きてきて残った本隊はぞろぞろとテントとかを撤収してイベント会場の方へ向かう準備をする。ぴかぴかのカスタムハーレーやレストアされた旧車のハーレーも好きだが、このキャンプ道具を満載し、独自の考えでパッキングされたハーレーが一番好きだ。山のような量をパッキングするひと。箱をくくりつけている人。シーシーバーにくくりつける人。ライトに寝袋をくくりつけた人など見ているだけで楽しいし、参考になる。
テントは寝るだけなので小さくてもいいとおもうが、逆にイスは長時間座っているので、もう少ししっかりとしたものをもっていってもいいかなと思う。寺島FLHTに積んであった折り畳みのイスか、星野FATBOYのイスがいいなと思う。寺島FLHTにはソフトタイプのL.L.Bean製クーラーを防水ケースとして使用していてこれもいいアイデア。さらに中にはコールマンの小型クーラーも入っていて参考になった。次のキャンプまでにこういった装備を考えるのもまた楽しい。
最後にもう一度みんな各自でお店めぐりを行ってから会場を後にする。もう昼はすっかり回って2時ごろ近くのうどん屋に入る。大阪よりも西だとそば屋はさがしてもめったになく逆に東だと逆にうどん屋をさがしてもなかなかないというような話をする。味も比例していて関東はそばはおいしいけどうどんはあまりおいしくない。逆に関西や中国、四国だとうどんはおいしいけど、うまいそば屋はなかなか探さないとない。2年ほど栃木県に住んでいたことがあって、昼はいつもそば屋で定食を食っていた。毎日食っても飽きないおいしいざるそばで、いまでもたまに食べに行くと店の人たちが顔を覚えてくれていて、挨拶をしてくれるのが実にうれしい。
話は戻って、その日はカレーとおいしいざるうどんを食べたかったのでそういうメニューを見つけて注文したら、それはカレーのルーを暖かいうどんにもかけてカレーうどんもたのしめますよ、というメニューだった。失敗。
2時45分頃美作I,CのそばのG,Sで給油して、岡山にいる谷口夫妻と別れの挨拶をそれぞれ行ってから中国道に乗る。いよいよ帰路に着く。大阪ぐらいまでは大量のハーレー軍団と併走したり、手を上げて挨拶しつつ大津S.Aまで走る。行きの教訓を生かして次に止まる箇所を確認しあって、次々に走る。走る。さすがに一日に600KMm以上走ると走りごたえがある。雨の心配もなくS,AからS,A へ走る。日が暮れてどんどんペースも早まり夜9時ごろ牧ノ原S.Aにたどりついた。牧ノ原で夕食。このあたりまでくると戻ってきたという感じがする。距離というのは不思議なもので、目的地を決めてしまうとそこからどれくらい戻ってきたかをはかるので、普段は遠く感じるところでも近くに感じる事がある。このS.Aでは、今回湯郷に後からやってくる予定だった、スポーツスターにのるパンダキック新田が合流。岡山に向かう途中で体調を崩して、静養していたのだが帰りは何とか合流できた。それにしても携帯電話は移動するバイカーにとってはむちゃくちゃ便利だ。携帯電話のおかげで今回も多くの人と合流できた。以前は興味すらなかったのに必需品になりつつある。いつでも連絡が取れる気持ちがあるので集合場所や時間が以前よりいいかげんだと思うのは気のせいだろうか。
厚木I.Cでおりるメンバーにとっては最後のS.Aとなる足柄S.Aで休憩。休憩室で記念写真も撮った。
このS.Aでもまだ他に湯郷帰りだと思われるハーレーが停まっていた。その中には以前湘南チャプターでツーリングを行った夫婦がいて、話をした。何と奥さんはホンダのXR250で旦那さんについて走ったのだ。以前ぼくも88年式のXR250に乗っていたが高速をひた走るのはかなりつらかったような思い出がある。シートはやわらかくて長時間のるといたいし、車重が軽いのでマシンが安定せずふらふらするし、ハイウェイを走る為にあるようなハーレーに比べて大変だったと思います。お疲れさまでした。
足柄S.Aを出発した頃になるとまわりを走る車はもうトラックばかりになっていた。厚木I.Cの出口ではクラクションをならして世田ヶ谷組と別れる。この別れ際のクラクションが実にいい音で心に響く。ハーレー純正のこのクラクションはフランスのクラクション社製の正真正銘のクラクションで音が少し低くて丸い音をしている。前に乗っていたスポーツスターにはこのタイプがついていなかったのでわざわざ後から付けたぐらいなのだ。
一般道を降りてからも気を引き締めて走り、途中それぞれの場所で挨拶をして別れ6月1日のAM1時30分に家に無事到着。明日はすぐ仕事なのでシャワーを浴びてすぐ眠る。長い楽しい2日間だった。天候にも当日2日間は恵まれた。大きなトラブルもなく約1300Kmを無事走ったハーレーと仲間たちに感謝。