友よ、また逢おう
2004年4月
最近のマイブームはビリー・ザ・キッドである。
わたしが生まれた昭和40年代は、西部劇を大人が観ていたことを記憶している最後の世代だろう。シェーンは何度も繰り返しテレビの洋画劇場で放映していたし、赤い河やおおいなる西部、OK牧場の決闘なども度々放映していた。また少年ジャンプには荒野の少年イサムが連載されていたし、カウボーイ、西部劇、幌馬車、コルトピースメイカーやスミス&ウェッスンなどは連鎖的に脳裏に浮かぶキーワードだ。
少し前に、HDOを主宰する友人のアルさんが、ボーイスカウトにダッチオーブン料理を教えに行ったときの話が、衝撃的だった。まずはじめに、子供たちにダッチオーブンの歴史を伝えようと、歴史の引用として西部劇やカウボーイの話をしたが、子供たちはなんの事かさっぱりわからないのか、きょとんとしている。「ほらカウボーイハットをかぶってロデオとか早撃ちのバーンバーン!」と手振り身振りを加えても全く通じなかったそうだ。
確かに最近では新作で西部劇作品が作られることは希であるし、テレビでも視聴率がよくないのか?あまり西部劇を頻繁に放映することはなくなった。まるで縁がないのである。妙に納得する話だとその時思った。
海外の人々が日本のヘリティジを時代劇の侍や黒沢映画から感じるように、日本人であるわたしや、あるいは多くの日本人にとってアメリカの歴史や文化を感じる重要な要素としてこの西部劇の世界がおおきなウェイトを占めている。
ハーレーダビッドソンやダッチオーブンがカウボーイや西部劇の世界を彷彿させる根幹には、子供の頃に父親が観ている西部劇をわからないなりに観ていた幼少期の思い出が連鎖している。
ビリー・ザ・キッドの名前は、子供の頃にガンブーム(マイブームではあるが)があり、その時買った子供向けの本の中で知っていた。でも長い銃身を持ったワイアットアープやその友人のドクホリディが、その後みた様々な映画の中で見かけたのに対して、ビリーザキッドの方は、その時の本以来縁がなかったのである。かすかな記憶として2丁拳銃使いだった事は覚えていた。
なにげなくヤングガンという映画の存在を聞いてその少し古い映画を観て観るとその映画の題材をテーマがビリー・ザ・キッドであった。ヤングガンには続編でヤングガン2もあったので、さっそくそれも観た。映画のできとしてはまずまずで格別ストーリーや展開が面白いわけではないのだが、映画を観ているとビリー・ザ・キッドに対する興味が沸いたのである。
ヤングガンのあとには、ビリー・ザ・キッド/21歳の生涯/特別版 (1973年)という映画をレンタルビデオで観た。原題はPAT GARETT AND BILLY THE KIDである。わたしは1966年生まれなので、この映画が公開された時は7才だったはずだ。まだ映画館は2本立てが多く封切り館以外では2本もしくは3本の映画を上映していた。父に連れられて洋画のロードショーを見に行っていた記憶では、完全入れ替え制ではないので途中から入って見始めた場所までくると暗闇の中で立ち上がってその映画館をあとにした記憶が多い。今から思えば随分不完全燃焼な映画鑑賞の方法だった。目的とする映画よりもおまけ的なもう一本の映画が予想外に面白かったという記憶もある。
話がそれたがこのビリー・ザ・キッドは、有名なサム・ペキンパー監督の映画で、主演は、名優ジェームズ・コバーンである。実はヤングガン2にもジェームズ・コバーンは少しだけ登場している。しかもヤングガンはボンジョビが音楽を担当しているが、このビリー・ザ・キッドは、ボブ・ディランが担当していて双方映画に登場している。
年上の従兄弟であるNに、ビリーザキッドの映画の話(わたしはヤングガン)をしていると話が微妙に食い違うので、よくよく聞くと、ヤングガンよりも遙か前に、この映画があったという事がわかりビデオ屋で探し当てたのである。N曰く、映画の中でボブ・ディランが、壁にむかって缶詰のメニューを「ビーンズ、ベークドビーンズ・・・・」と読み上げるシーンが印象的だったと言っていたが、そのシーンは、保安官パットギャレット役を演じるジェームズ・コバーンが、ナイフの達人役でビリーの友人を演じるボブ・ディランに対して、メニューを読むように!と命令するシーンであった。
ところでこの映画では、ビリー役を、見覚えのある俳優が演じている。クリス・クリストファーソンというシンガーソングライターである。映画をみながらずっと気になっていたのは、必ずこの俳優が主人公を演じた好きな映画があるはずなのだが、全く思い出せないのである。昔であればこのまま思い出せない不良消化として過ぎてゆくのだが、いまはインターネットという強力なツールのおかげで、この謎が解けた。この俳優は、あの私が好きな映画「コンボイ」で主役を演じたあの男だったのだ。マックトラックのドライバーである。最近の映画では少しお金のある悪役等が多い。ベイバックにも出演していた。
こうして個人的にビリー・ザ・キッドブームとなった私は次なるビリー関係モノを探した。
高校生の頃は、オートバイと片岡義男のセットで青春時代の根幹を形成したわたしであるが、唯一買ったまま読んでいなかった文庫を思い出した。
その本のタイトルが、『友よ、また逢おう』である。文庫本の表紙裏にビリー・ザ・キッドの伝説とかかれていたのをかすかに記憶したので、実家に帰省した際にみつけてさっそく読んでみた。
予想どおり映画よりも数倍面白く緻密な描写で描かれていた。不覚にもどうしてこんなに面白い文庫を今まで読んでいなかったのか。これを読むとどうしてビリー・ザ・キッドあのような人生を送ったのかよく理解できた。もちろん伝説なのでどこまでが真実でどこまでが物語なのか曖昧な部分もあるが実在した人物であったことは確かだろう。
ちなみに前記のダッチオーブンも物語中に登場する。ビリー・ザ・キッドが後半、幌馬車をおそわれて砂漠を彷徨ったあとに牧童たちが食事をしているシーンの描写だ。ちなみにダッチ・オーブンではなくオランダ・オーヴンと片岡義男は表記している。同じ意味だがオランダ・オーヴンという表現がこの本の書かれた1970年代は主流だったのかもしれない。新鮮な響きである。物語の前半で家を出る前に母親がキッチンでビスケットを焼くシーンではスキレットが使われていた。
ちなみに後半ビリーが牧童の仲間に入る情景がある。その仲間に入るシーンではチャックワゴンの役割から牧童たちの働きぶりなどを細かく描写しているシーンが興味深く、その意義や詳細さは、今まで読んだダッチオーブンに関する書物よりも詳しく克明に描かれていた。
ビリー・ザ・キッドをテーマとした映画2本と片岡義男の物語にはそれぞれ共通のシーンや登場人物もあるが、それぞれが独自の解釈でビリーを描いていた。いずれにしても100年以上前のアメリカの混沌とした西部開拓史がそろそろ終焉を迎えようとしていた頃に生きた最後の西部の男を描いている。という点で共通している。
なにもない荒野で銃だけを頼りにして生きていたアメリカという若い国の歴史、法治国家や法律といったもの。昨日までのアウトローが保安官となり、追いかける側、追われる側。なにが正義でなにが悪なのかが整理されていなかった時代から整理しようとする社会の狭間に生きた実在の人物を中心に描かれたまさに伝説である。
日本の忠臣蔵が、日本人の美学に訴える伝説であると仮定するならば、これはアメリカ人の美学に訴えるひとつの伝説であるとも言える。今の世の中の基準では想像もできない特殊な社会構造の中で生きた武士や、凄惨を極めた時代を生きた一人の青年の物語という点も強引ではあるが共通するなにかがある。
片岡義男の著者後記には、これはいわゆる史実には忠実ではない。だが、彼が動く背景となっている時代に関しては、飛躍はない。と締めくくっている。
片岡義男の活字を通じて100年以上前のアメリカ開拓史の終焉期に思いを巡らす時間も悪くない。お勧めの一冊である。
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