謹賀新年2004
今年でHittonサイトも開設7周年を迎える。
振り返れば毎年このような挨拶を書いてきたが、ネットを取り巻く環境も7年前と現在では大きく異なり、wwwとかインターネットとか、言葉も含めその存在そのものが目新しかった時代は昨年あたりでひとまず一段落といった感があった。
そして楽しい事は楽しく、魅力的な事は魅力的であるという、どうしようもないほどの真実の前においてはデジタルだとかアナログだとかの枠を超えて存在し、また類は友を呼ぶの言葉通りに、ふと気が付くと自分の周辺には非常に趣味も嗜好も考え方も近い仲間がいた。そして実際に住んでいる地理的な距離感に関係なく日常的な近さにその存在を感じながら愉しく過ごせたのはデジタル技術・ネットのおかげだ。
時を同じくして昨年の秋頃からはそのネットを通じた仲間たちがアナログ回帰路線に動いた。ある友人は紙に拘り紙媒体としてのフリーペーパーを創刊し、また別の友人は古いカメラにはまり、さらに別の友人は万年筆を買ったと嬉しそうだ。
デジタル製品は、手段であって目的ではない。本来道具とはアナログ製品も含めて、全てそうなのだが、特にデジタル製品はその傾向が強い。デジタル製品とはその道具の主たる制御をコンピューターが担っているという事である。
そしてコンピュータは秒針分歩で進化する。過去のデジタル製品がどのような末路を辿るのかはあえて説明しなくとも周囲のパソコン機器や携帯電話、あるいは最近の家電製品、デジタル時計、デジタルカメラ等を見れば一目瞭然だ。
いかに優れたデザイン(ここではスタイリング・造形面を指す)の製品であっても、あるいはいかに当時高額であっても5年も経てば過去の遺物であり、性能的にも金銭的にも、価値のない存在となる。
一方アナログ製品の場合は、道具としての手段ではあるが、それ以上に物そのモノが、なんからの魅力を放っている場合がある。構造や仕事を行うための機構や制御がシンプルで、時代の変化に関係なく時を経ても使用できる点や、また材質が金属であることも魅力だったりする。
製品の魅力が乏しい場合に加えて実際に使えないモノも多い。ちなみにごく初期の頃購入したデジカメはまだ10年未満なのに内部記憶容量も小さく、さらに記憶メディアもなく接続端子がADBなので今やその存在理由は限りなくゼロに近い。30年も40年も昔の35mm銀塩カメラが今でもフィルムを購入し撮影できることを考えると、いくら過渡期の製品とはいえ、その落差は悲しすぎる。
だがその行く末をわかっていながら昨年末に私は35mm銀塩カメラ一眼レフ一式と別れを告げ、デジタル一眼レフを購入した。しかも売却も購入もヤフーオークションである。カメラ好きにはご理解頂けると思うがしかもそのカメラはニコンF3である。かなり苦渋の決断であったが使用しないモノを置いておくのは精神衛生上よろしくないので売ることにしたのである。この決断ができたのもライカがあるからこそである。今後カメラのアナログ面ではライカ、デジタル面ではキャノンで行くことに決めたのだ。こうして無意識のうちにデジタルとアナログをバランスよく私もまた私の周辺も選んでいるようである。そして2004年は、最新デジタル機器と20世紀を生き抜いた本物のアナログの機器との共存の年になると思う。
そしてそんな思いを抱いているとまた類は友を呼ぶに違いない。
2004 年1月7日