ハーレー100周年記念イベントに参加した。
まずはハーレーダビッドソン100周年誕生日おめでとう。そしてありがとう!。と言いたい。
100年前にハーレーがもし生まれていなかったのなら、こうして私がサイトを作ったり、多くの友人に出会ったり、あるいは伴侶にめぐりあっていなかったかもしれないと思うと、たかがハーレーされどハーレー。偉大である。100年の歴史といえば、中国や日本の他のモノと比べると短い事のように感じるかもしれないが、いま現在ひとつの会社でしかも工業製品大量生産品を作っているメーカーで、ハーレーと比べることのできる会社なんてとりあえず思い浮かばないのである。私が最近はまっているミラノの名門アルファロメオですら100周年記念を迎えるにはあと数年必要だ。日本の自動車メーカーや2輪メーカーも100年の歴史には遠く及ばない。
歴史あることイコールすべてではないが、価値ある存在だからこそ100年の月日にも耐えることができたのだろう。やはりいま存在し、しかも現代でも魅力あるブランドとして存在する。もはやそれだけで偉大だといいきっていいと思う。
開催場所についてあるいはその他、いくつかのイベントがキャンセルになったことについてせっかくの100周年記念イベントなのに・・といささかハーレーが大好きな一人として残念な面もあったが、総合点というかあれだけの異なる要求や条件をなんとか成功に納めることができたのはやはり関係各位の尽力によるものだったろう。と、感じたのは、仕事で異なる分野のイベント開催者側からみた感想である。
物事には表と裏があり、今回のイベントに関しても、相当よくない噂や、酷い話しを耳にしたが、結果的にみればたいした混乱もなくあれだけの歴史あるハーレーの実走行を見ることができたことは私にとって収穫であった。やはり行ってよかったと思う。
特に感動したのは、なんと言っても1913年製のハーレーダビッドソン9Eの実走行を目の当たりにすることができたこと。外観はまるで自転車なのに、そのハーレーの力強い走りと速度、そして目をつぶれば今のハーレーダビッドソンと変わらぬ力強い鼓動感あふれる音。いまみても何ら遜色がないどころか、90年前にこんな乗り物を生み出したハーレーダビッドソンに畏敬の念さえ感じたのである。そして90年前にこの走りをみた人の感動を想像すればまさにハーレーの100年の歴史にここにあり!である。
走っている最中にふとそれを見ている人々をみたら一様にその走りに釘付けになり、その瞳は輝いていた。ナックルやWLAの走りは何度も見たことはあるし、音も聴いたことがあるけれど、よもや100年前のハーレーがあんな音を出して走るとは・・もっとショボイ小さな音だと予想していたのに・・
ちなみにこのハーレーを動かして披露していたライダーはHOTBIKE JAPAN誌の池田編集長。誌面によれば電撃結婚な年であるそうなので、走り終えた池田編集長に、「ご結婚おめでとうございます」と声をかけたところ満面な笑顔でこたえてくれた。ハーレー100周年・そして結婚・めでたい話題はやはり周囲を楽しくする。
イベントに限らず、なにかに対して、政治に対して、運営に対して、批判したり攻撃したりするのはとても容易い。とかくなにか不安や不満がある口に出してしまう。そういった不満や苦情は物事をよき方向に動かすための重要な行為だが、ふと気がつくとすべてを否定しがちになる危険性を持っている。
いま小・中学校で、棒倒しという運動会のイベントを行っているのかどうか私は知らないが、わたしが中学生の時には行った。スパイク靴をこっそり履いて跳び蹴りで向かう攻撃隊(笑)や、殴ってでも阻止する守備隊(笑)それこそ血だらけになった時もありけが人も続出したが、あれほど血沸き肉踊るイベントもなかったと今でも思い出すとドキドキワクワクする。確かにキケンだしリスクも大きいがなにより参加した時の感動というか、あのワクワク感が忘れられない。
安全で清潔でなによりリスクのない事が尊重されるこの時代においてこの棒倒しという競技は時代にあわないのかもしれない。ましてや、PTAから万が一の事故がおきたらどうやって責任をとるのか?などとスルドク追求されたら、それを説得できるだけの術を持つ教師はいないだろう。
ハーレー系のイベント。主催や目的が異なっても批判や不満は必ず出る。大勢の人が集まれば、イベントの趣旨に関係なく迷惑ややつ、勘違い野郎、ただの酔っぱらいなど人が大勢いれば当然だろう。独裁国家や軍隊の記念セレモニー、あるいは狂信的な宗教のイベントでもないかぎり、足並みが揃うなんてことはあり得ないし、揃わないのが自然だろう。
バイブズミーティングのように、ある程度雑誌の意向や集まる意義、あるいはその精神性が語られているようなイベントでは、ホスト役もゲスト役も存在せず参加者全員でその集まりを楽しく意義あるものにしようと語られている。程度の差はあれど少なからずその意味を理解している人が参加していると思う。(その精神に依存しすぎな面もあるけどね。7000台も集まるイベントならそれなりのメディカル体制や緊急体制とかも必要だしね)
ところが一転して、ハーレーダビッドソンジャパン主催のイベントであれば、企業の運営する営業活動のひとつ。あるいは高い入場料をとって運営する営利目的の企業活動。だから行く方もゲスト!すなわち入場料を払う客の一人となる。
そしてまるでディズニーランドなみのサービスや内容を期待してする。そしてなにかが裏切られた際には不満と文句タラタラとなる。かくいう私もその一人だったのだが・・
今回、私自身も含めてその一連の考え方に少し反省している。私の人生の歴史はまだ36年ほどだし、その中のライダー歴はまだ20年に足りず、限定解除してからも10年ほどである。ましてやハーレー歴となると、スポーツスターもふくめてまだ10年には少し足らないのである。別に昔から乗っているやつがエライとは思わないし、距離をたくさん乗るのがすごいこととも思わない。だがハーレー100周年を迎えた昨今いろいろなところから聞こえる、特にハーレーダビッドソンジャパンに対する批判の多くはここ数年せいぜい多くても6年生にも満たない、小学校の年数以下の人々がさも、生まれながらにしてハーレーに乗っているぜ!みたいなセリフを聞くと、少しなにか違うんじゃないのかとさえ思い、自分の事も含めて初心に戻りたいと思うのである。
最後に、ハーレー100周年誕生日本当におめでとう!すでにこの世にいない創設メンバーの人々、そしていままでの危機をのりこえた人々に感謝。1913年の9Eの走りには本当に感動した!ハーレーってすごい!さらに1913年のモデルをあんなにガンガン走れるコンディションを創りだせる船場の技術力って凄い!
今回のイベントについて非難したり批判したりするのは簡単だ、実は早い時期からフライングハーレーが飛ばないと決まっていたとう話しや、デイトナですでにウィリーGは日本にこないよ!という噂も聞いたけど、いずれも噂だし、事実なのか不明だ。事実としては本当にウィリーGは日本に来る予定で準備していたと思うし、フライングハーレーの準備も本気で進めていたはずだ。結果的に不測の事態となっただけで、100周年を祝うために、これらの棒たおし競技やイベントは関係者の皆さんで進んでいたはずで、中止になってしまったことはなにより当事者の人の方が残念だったと思う。
ハーレージャパンって今まで批判的な気持ちでみていたけど、ハーレーに乗るハーレー好きな一人としてもうすこし客・ユーザーの意識ではなく、もうすこし一員的な気持ちが必要かな?同じハーレー乗り、ハーレーファンとしてハーレーが好きならばね。・・
2003年4月26日 東京昭島メッセ
追記:会場では多くの友人・知人・旧友に会えて楽しかった。結果的には告知通り、公共機関にてご来場下さいと言いつけを守った私がバカだった(笑)会場には余裕があり・・まあそれはいいとしよう。電車で行ったのである。当然のように青空の下、バドガールなんかは無理としても当然ビアガーデン、あるいはミルウォーキー製のミラービールなんかをプッシュ!とごくごく飲むつもりでいましたよ!ええそうなんです。なんと会場内ではビールを売っていなかったんですよ!公共機関でお越し下さいとかいいながらそりゃないぜあんた!
えーちなみに午後やってきた酒豪の某巨大ハーレーwebサイトのtaku氏は、わたしがその事を教えてあげるとかなり驚愕のリアクションでした。わたしたちに限らず多くの人が落胆していたはず・・・これが一番残念だったかも・・(笑)