感動の度合い

 最近友人が次々とハーレーを乗り換え等で納車している。納車はいつもうれしいものだ。ところで感動の納車という点では、その乗り物の価格には関わらず初体験かどうかによるものが大きいのではないかと思う。ちなみに私の場合も一番今までで記憶に残る感動の納車(笑)は、子供の頃の一番最初の自転車であった。


 フロントフェンダーの先端には黄色いツバメのようなパーツがある補助輪付きの自転車だった。倉敷の商店街の中で生まれ育った私は同じ商店街の中にある三上サイクルという自転車屋で買ってもらった。記憶が定かではないが恐らく小学校1年生だったと思う。とにかく自分の意志で動かせる初めての本格的な乗り物だったので納車前夜の事は昨日の事のようによく覚えている。
 明日自転車がやってくるという情報を得た私は興奮して眠れなかった。翌日は朝からその自転車屋の前を通過する。横目でチラッと見ながら通過したが私の自転車らしきものはそこにはない。内心ほんとに今日くるのか?とやや??マークが点滅しつつ家に帰った。午後になってまた寅さん映画の寅さんが団子屋の前を通過するが如く通り抜けた。まだらしい。もういちど逆方向で通過しながらお店の内部をチェックしたらどうやら私の自転車らしきものがそこにあった。うしし。
 またすこしして前を通りすぎ、再び逆方向に通過。今ならお店に入って何時頃くればいいのか?と問うであろうけれども、そこはまだ小学1年生のなせる社会との接触の未熟さ故に、そこまではできないのである。
 何回目か通り過ぎた時に、眼球がおおきい話がけづらい店主コツコツと我が愛車を組み立てる横で、逆に愛想のいいおかみさんが私のことを発見してくれて、
 夕方にはできるから待ってね!と話しかけてくれたのである。
おお!夕方かと認識したものの、人生はじまって以来の納車故に家でじっと待っているはずがないのであった。その後も数回店の前を行ったりきたりしつつまだかまだかと相当プレッシャーをかけたらしく、子供とはいえ流石に重圧を感じたのか、おかみさんはすこし呆れたような笑顔で、店主は苦笑いで私に諭すように「できたら持っていくけえ」と説明してくれた。
 結局家まで持ってきてくれたのか、それともお店から乗って帰ったのか、肝心な部分は記憶にないのだが、お店の前をとにかく行ったりきたりしたのはよく覚えている。
 いずれにしても納車時間は、夕方というよりほとんど夜で日は暮れていた。
はじめての自転車はこうしてわが人生最初の乗り物となり、そのうれしさ故に商店街を何度も往復したのである。

 この時の感動を最大にしてその後、大人になるにつけその感動は薄れているような気がする。2番目に嬉しかったのはやはり最初の本格的なオートバイを買ったSRX400である。このオートバイで19才の夏の初めての北海道ツーリングや信州・北陸ツーリング、峠での事故や入院・サーキット走行とまさにいろいろと楽しんだオートバイであった。その後いろいろなオートバイに乗り換えては行くが、感動の度合いではこの最初のオートバイ納車の悦びを超えるオートバイはもうありえないと思う。
 最初のオートバイはもちろん金銭的に大変な買い物をしてしまったという点もあるし、何より初めての体験という点が大きいのだが、それは初めて得た単なるモノという領域を超えて、自転車やオートバイがそれまでの人生の行動エリアや世界を飛躍的に超えるオーラを放っているからであろう。

 言い換えれば、年齢を重ねていうと、もう車やオートバイの納車では生まれて初めてのそれは味わえないのである。
 推測でしかないが、きっと大金持ちの人がフェラーリやポルシェを買ってもそれほどの感動や悦びはないのではないか?と思ってしまう。自家用ジェットとかリゾート地の島を買うのが庶民感覚で言う納車感覚なのか?まあ無縁な世界の想像をしても仕方がない。それにお金はあるにこしたことはないが、お金が人生の目的ではないので楽しさや感動を味わうにはやっとの思いで手に入れた方がうれしい。

 やっぱり何事もあっさりと入手できるよりも苦労してやっと手にいれた方が悦びも大きいという当たり前の事を納車の感動から考えさせられた。

2003年1月28日

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