休日の朝。穏やかである。
今日は特別予定もない日曜日である。
週休2日ではない。月に2回週休2日になることがあるという程度で、隔週ではない。
大手メーカーで身も心も完全週休2日に慣れきった身体ではこの週に日曜日だけが休みというのはなかなか慣れないものだ。
人間楽な方へはすぐ順応できるのに、その逆は難しいものだと実感している。
新聞を読む。クルマ選びの時期にこの新聞はうれしいもので、理由は近くのディラーの新車発表会やら試乗会やらのチラシ広告が入るからだ。
が、しかしそれも3ヶ月程度続けているといい加減もう飽きてきた。
そして、おっ!またマツダの広告だ。またデミオ試乗してみようか?などと口走ると、なかなかクルマを決定できない夫(おっと!!私の事ね!)に、少しいらだちを見せ始めたカミさんの横顔が見えた。
これから出産という偉業を控えた女性からすれば、自分の趣味をからめようとする夫の幼稚さは冷静にみても実にどうでもいいことであることは想像できる。もし立場が逆なら怒り沸騰である。そうなのだ。焦る私。アセアセ。
迷いに迷った迷路を抜けて、流石の私もそろそろ出口の扉の数は数えることができた。
扉の名はスズキ・ルノー・プジョー・ワーゲン・そしてスバルであった。
一番楽な扉はスズキのワゴンRである。仕事絡みで多少安く購入できる上に、普段の生活でこの上なく便利であることは間違いないのだ。が・・。
2番目の扉はルノーカングー。クルマはいいのだが、あと一歩価格も安くはなく、また日産の片隅であまり売る気の感じられない点が・・・
同じくデビューしたばかりのプジョー307SW。大きなルーフ。外せるシートが魅力的!と思ってディーラーまで行ったのだが・・・。結局中古コーナーにあった父の所有していたピニンファリーナの306カブリオレに目がいってしまい結局307には試乗せず帰宅・・・。3列目がもう少し広ければ・・などと思いつつ店をあとにした。
ワーゲンポロ。実はこの扉が最有力候補であった。高品質でコンパクト。世界のコンパクトカーの基本であろうと。試乗した感触も我が家ではダントツで静粛性とノリゴゴチは素晴らしい。
こんな最近の過去を思い出しながら家を出た。
もうこの日の気分では7割程度、ポロに軍配があがっていた。いろいろな条件と価格に見合った内容。コンパクトさ。ノリゴゴチ。
私の家を出てトヨタ系ワーゲンの販売店DUOはすぐ近くにある。走り出してそのディーラーに入ろうとした。が、特別深い意味はなく、近いから後で最後に寄ろう!と急に入るのをやめたのである。まだ時間はあるし国産の有力候補であったスバルのディーラーへ。インプレッサStiなども実は候補にあり、そのパワーとあのスバルサウンドに一度は浸かってみたいなどと狙っていたのだが、その前日に発表になった雑誌でのビッグマイナーチェンジ写真が期待していたよりもイマイチだったため、同じくスバルで販売しているオペルザフィーラのOEM版であるトラブィックに試乗した。この時の感想はノリゴゴチもよくドイツ車的内装とシートアレンジ。外観のスタイリングにも満足し、とりあえずこれでもいいかな?などと思いつつ見積もりを出してもらうと「金額的ライン」すなわち、よっしゃ!という価格が目標ラインに到達せずあっけなく店を出た。夕方だった。
この店を出たら最後はワーゲンの店に行きそろそろ煮詰めた話をしようかな。どうせすぐ納車できないだろうし、ならばじっくり話を進めてなどと考えながらふとすぐ近くにあるあの紋章のディーラーに寄ってしまった。買うつもりのクルマではないが、いちよね?・・最後の見納め・・・という事で・・・買う気もなく・・。
そういえば今日は9月の最終日曜日。
自動車のディーラーでは営業目標に向かって一番がんばる期末テストの最後の科目のような日である。(これも狙ったわけでなく単なる偶然)
神奈川県はハーレーと同じく正規ディーラー激戦区で、アルファロメオからは同じDMが3カ所から届いたこともある。かといって私は複数の見積もりを提示させてお互いに競争させるやり方も好きではないので3カ所を回ったわけでなく1カ所は行ったこともないお店からであった。恐らく同じ販売店系列の店で訪れたプジョーの店のアンケートで、ご検討中のクルマの欄にアルファと書いたからその情報を辿ってきたと予測している。
この日訪れたアレーゼは自宅から一番近い。と言う、ただそれだけの理由だ。第一話で書いた試乗した店ではない。ホテルマンの渋い中年の営業マンでもない。できれば熱心に電話をくれた彼(ホテルマンS(仮称)氏)から購入したかったのだが、家からは道路状況によっては軽く1時間はかかるであろうそのお店は遠すぎた。せっかく試乗までさせてくれた熱心なSさんごめんなさい。
さて近くのその店に入ると、となりには妖しげな男2人。しかも1人は茶髪で、ホストのようなヤラシイスーツを着ている。どうやらアルファの156ワゴンを買いにきて最後のつめをしているらしい。
前回1度だけ会話と見積もりをしてくれた営業マンの彼は私の事を覚えてくれていてすぐ対応してくれた。しばし世間話などをする。
その店の若い営業マン曰くここのところ6勝1敗らしい。この勝率は、他のクルマ(ライバル車)と競合していた場合で、多くはなぜかBMWとの競合。一度だけ破れた時もBMWに破れたそうだが、そのお客さんはどうしてもFRであるクルマに拘ったそうなので仕方がない。しかしそれ以外はBMWやアウディとの競合の上での勝率だそうだ。(ほんとの話かどうかは不明。)
その日も、外にBMWが1台停まっていて、156へ買い換えたお客さんの下取り車との事。その営業マンの兄は大のBMWフリークで、アルファなんて見向きもしないらしいが、意外とマイナートラブルで預けている期間があるという。故障が仮におきてもわざわざ外部に宣伝しないドイツ車フリークよりも、トラブルが発生するとうれしそうにトラブルをお笑いにするイタ車乗りとの性格の差なのか・・。
値段交渉の上、2回目の見積もりを出してもらう。この店に来たのは今日を入れて合計3回目である。1回目はカタログだけもらいに。2回目はこの営業マンがいる時に見積もりを出してもらった。その日から数ヶ月たっていた。
もう日は暮れてウインドウの外は暗くなっていた。そういえばロードキングの契約書を決めた時もこういう時間だったなあと頭がボーして血が上っている。
いやあもうやっぱりアルファでいいかなあ?
と思考回路がフリーズしはじめて、気分はもうジャンプ台ステージの階段を登り初めていた。
そのステージの名は「ステージ オブ キヨミズ!」
気がつくとえいやああああああああああ!
飛びおりた。
そうなのです。
かっ買ってしまった。
もう後戻りはできない。
ドキドキしながら帰宅の途についた。
うれしいような、悪いことをしたような自責の念。
やっぱりワゴンRでよかったのじゃないか?とまっとうな自分が話しかける。
維持費も安いよ。
故障しないよ。
これから養育費とか貯金とか人生まだ長いのよ!と。
故障でもおきたらまずこのまっとうな自分に笑われるだろうな。
それみたことか!と。
だがトランプのジョーカーのような衣装を着たワルな自分がそこで応戦する。
いいのいいの!
人生たのしまなー損よ!
ハッピーハッピー!
お気楽お気楽!と笑っている。
人間生きているうちが華よ!
だいたいお金なんていくらあっても不安はつきまとうし
一瞬先はみんな闇。
ならば楽しくやろうぜ!
なぜか脳裏のジョーカーたちは、みんなでボラーレを大合唱(笑)
(注:ボラーレについては後ほどエピソードを語りたい)
わたしの中では、そんな官軍と賊軍がお互いに火花を散らしながらこの数ヶ月間戦ってきたのだが勝てば官軍。買えば官軍である。
本来ならば欲しかったものを買ったのだから手放しで喜びたいのにそれができないのはやはりどこかまっとうな社会人として後ろめたい常識のようなものが働いているからだ。わかりやすくいえばお年玉を親に相談することなく高額なモデルガンとかを買ってしまったような心境といえばいいのか。みつかって怒られるのでないか(笑)と。
ああそうだ。この心境はハーレーロードキングを買った時も味わった。
そうそう!話はそれるが私の名誉のために?(笑)付け加えておくと、ロードキングの購入はわずか2日間で決定した。AB型の私ではあるが、いつもは優柔不断で悩むことはなく、ハーレーのように趣味100%であれば自己都合だけでよいので悩むことはないのだ。
話は戻って、いくら趣味とはいえたかが2輪車である乗り物に200万を軽くオーバーする乗り物にこんなものを買ってしまっていいのか?!と。人は言う。「クルマが買える価格だね!」と。
確かにそうだが、趣味とはそうでない人にその価値を計ることはできない。
私は趣味イコール哲学だと思う。趣味の意味や意義を問うことは、究極的にはお金や時間、あるいは生まれてきた意味を問うのと同じところにたどり着くのだ。
ある人にとって楽しく至福の時、大いなる感動であってもそれを趣味としない人には実にくだらないものなのだ。他人の趣味をけなしたり批判するほど意味のない行為はないと思う。逆になにを言われても気にする必要はないのである。
私の場合、ハーレーがありながらも実用要素を含む4輪の選択に絡めたパスタのようにいろいろ盛り込もうとしたために悩んだのだ。
帰途につく間はなんだかボーッとして落ち着かない。
そして案外わたしは小心者&小市民である。
なぜならアルファの購入を決めた日ぐらい記念にイタメシ屋で豪勢に!と思うかもしれないが、実際にウインカーをつけて立ち寄ったのは牛丼の吉野屋であった。
注文したメニューは「牛丼大盛りとみそ汁」。
ネギダクで!と言う言葉さえ口に出せずに・・・(笑)
2002年9月29日の夕食のことである。