現行アルファのある種エキセントリックなスタイリングは、初めてみたとき、なんだか変。と思った。
それが気になる存在に変化したのは我ながら不思議な事だ。
あの造形は日本人では真似はできないと思う。日本車が塑造系だとすればアルファの造形はまさに彫刻的だ。
あの特異でエキセントリックな造形を真似するメーカーはないだろうけど、もうひとつ真似をしたくても不可能な事がある。それはあのアルファのマークに秘められた伝統と歴史だ。それらを継承し今に受け継ぐカーデザインとアルファの紋章は魅惑的だ。運転席に座るとステアリングの中心にそれが、いやらしいほど上品に主張する。
ミラノの紋章(さらに元を辿ればビスコンティ家の紋章)そして、このアルファロメオというブランドを強く意識したのは13年ほどまえ、今は亡き父が兄弟とともに海外旅行から帰国してからの事である。
父は、それまでは輸入車には縁がなく、ホンダアコードを乗り継ぎ、自称倉敷の徳大寺と称するほど(笑)車好きであった。
そんな父がイタリア旅行から帰国後、まるで病気にでもかかったようにイタリア車の名前を呪文のように口にするようになったのである。
その名前はアルファ・ロメオ164とランチァ・テーマである。
私が希に帰省すると尋ねてもいないのに、アルファロメオのエンブレムはかっこいいよな。あのエンブレムはミラノ市の紋章で、元を辿ればうんぬんかんぬん・・・(以下省略)そんな日々を繰り返し、しばらくの間さんざん悩んだ挙げ句にランチァ・テーマを購入した。
イタリア車の魔術にかかったのはやはりイタリアの街角で見たランチァやアルファの佇まいだったようだ。
中世からそこにあったのではないかと思えるような街角。
重厚な石畳。
そこを静かに、しかし官能的なサウンドを残し走り去っていくランチァやアルファ。
確かに想像しただけで十分に車好きな神経を刺激する。それをクルマ好きの男が実際にイタリアで体感したとすれば想像にたやすいラテンのウイルスである。
私や弟にも電話で一応相談してきた。
「アルファ164とランチァテーマどっちにしようか?」と。
私と弟は迷う事なく「アルファ164!」と答えたのであるが、正直ランチャテーマなんて渋すぎる。若気の至りだった私は当時どんなクルマだかよく知らなかったし見たことすらなかったのである。結局父はローマやミラノの街角で見たというランチァテーマを購入した。
アルファ落選理由は、田舎で商売をしていた父としては、やや派手すぎるアルファロメオというブランド。そしてアルファ以上に街で見かけることのなかったランチャを選んだようだ。それに追い打ちをかけるように、当時船をひっくり返したようなスタイリングのサーブに乗る叔父(ドイツに音楽家として長く在住していた父の弟)が、「アルファなんてランチャに比べればヨーロッパではうんにんかんぬん」という意味不明のもっともらしく聞こえる説得?(笑)によってネオブラックメタリックのランチャに軍配があがった。
実際、私がランチャテーマの魅力を理解できるのはなおも数年の歳月がかかったのである。今見るとやはり渋い車である。
当時ランチァはマツダ系のディラーオートザムで取り扱っていた。倉敷のオートザムにはランチァの扱いはなく、わざわざ岡山市内まで出かけていたのを記憶している。
予想通りというかイタリア車の風評通り、ランチァは時々タコメーターが踊りはじめたり、ランプがつかなかったりしていた。正月に家族でどこかへ向かっていたときはたまたま私がステアリングを握っていた。高速道路を走っていると下の方でなにかすれる音がする。継ぎ目で反応する。これはなにかが外れかかっていると判断した私はすかさず緊急避難場所に車を停車させて下を除くとマフラーの車熱板が外れかかっていた。やれやれと思いながらそれを外して走ったのが印象的だ。
その後もいろいろ細かなトラブルはあったようだが、結局こんなもんらしいと笑っていた父の笑顔はまんざらでもなさそうであった。信号無視の車にぶつけられるまで特に走らなくなるような大きなトラブルはなかったと記憶している。
話がそれたが、この父のイタ車選びの際に浮上したアルファという名前。
これが身近で感じた最初のアルファとの縁である。
私は長らく、そして今でも基本は2輪好きの単車乗りだと思っている。したがって4輪の免許をとったのは18才だが自分の4輪をはじめて買ったのは24才の時のランドクルーザーが最初である。新車で買った割には気兼ねなく道具として酷使したが、やがて大阪から栃木へと転勤した際に、そこで知り合ったバイク屋のオフロードバイク仲間T氏に売却した。
当初東京あたりのデザイン事務所で働くつもりが、いきあたりばったりの性格故にそのまま趣味であった4駆業界に転職することになったのである。
ランクルには愛着があったし、6気筒4200CCのトルク感は忘れられない感覚で機会があればもう一度乗りたいと思っていた。
T氏には毎年の年賀状で欠かさず、もしランクルを売却するときには声かけて!と書くのが習慣になっていたある年の年賀状で、彼が、
「ランクルは売って、アルファロメオを買いました」と書いてあったのが第2次アルファロメオとの遭遇である。
ちなみにランクル後の私はジムニーの幌車に12万キロほど乗って今に至る。この間2輪の方は紆余曲折を経てハーレーのスポーツスターから現在のハーレーのロードキングに移行したが、クルマは結婚後も特別ジムニーで不自由はなく暮らしていた。
そろそろジムニーもいいけどオープンカーが欲しいなあ。2ドアかなあ。ユーノス・ロードスターか?などと久々にクルマの本なんぞを買って帰宅した夜に家族が増えることがわかったのである。
ここで話は1話に戻るが、4ドアのクルマでなにか買い換えよう!となったわけである。
私もそれなりにクルマ好きではあるので、やはりラテンのクルマは壊れる。あるいは実用的ではない。タイミングベルトの突然死等のよからぬ風評は昔からよく耳にした。
また父のランチァ体験も知っている。
おやまてよ・・なにかに似ている。
そうだ。これはハーレーを買ったころの会話や噂と似ている。
私が1990年式のXLH4速スポスタを買った頃は、当然ながら周囲にハーレー乗りの友人はなく、まだ正規ディラー網も確立されていない頃だった。
噂に聞くハーレーは「壊れる・必ずオイルが漏れる。買わない方がいい。」
という3拍子揃った噂であった。
しかしながらそれを口にする友人はいずれもハーレーには乗ったことすらない友人ばかりであったので話半分には聞いていたのだが・・・。
ハーレーに乗るにはまず難関である限定解除試験が必要な時でもあったので、比較的金額的には無理ではなかったのだが、私がその後、ロードキングに買い換える正規ディーラーですら、まだ妖しい噂も聞く街の大型バイク屋でしかなく、なにかと買うまでには勇気が必要であった。
結局4速のスポスタも多少のオイルにじみはあったが問題なく動いていたし、今のロードキングに関しては97年の暮れに購入して5年になるが全くのノートラブルである。
今でこそハーレーの品質向上ぶりを疑うひとはなく、エボリューションエンジンの完成度ぶりや現在のツインカムエンジンが故障したなどという話はほとんど聞かない。
新車のハーレーを買う人で「故障するのでは?」と心配する人はいないのではないかと思えるほど、免許取り立ての老若男女が、いきなりハーレーを買うというケースが身の回りに普通にある出来事になっている。
いまから思えばあの頃のハーレーに対する環境が、ちょうど今のアルファ・ロメオに関する環境に似ていると私は感じている。
今やアルファ・ロメオはハーレーで言えば後期のエボリューション時代に突入したのであって、かつての故障神話あふれるアルファ時代とは違うのではないかと思っている。(実際に今のアルファはアルファでなくFIATだろ?という声もあるが)
それにハーレーにしてもライカにしても、マニアックな時代を過ごしてきた人にとって必要以上に敷居を高くして、新参モノを拒む雰囲気作りに励む傾向にある。(笑)
また価格面でも世間が知らないことをいいことに、必要以上に昔の高額なイメージを伝承しようとするオヤジを高速道路のパーキングエリアで見かけることがある。今やホンダの金の羽の方が時には高かったりするのにね。
ライカも同じで、未だに決して安くはないが、国産の最新1眼レフと比べて金銭的には安い。ライカもハーレーもその1台で家がたった時代は遙か昔話の事なのに・・。
また些細な故障を、時には大げさに、時には笑いネタとしておおきく宣伝してしまうようで、実際には日本製品にも故障やトラブルはあるのだが、あえてそれがネタにはならないと言った側面があることを認識すべきだ。
とはいうものの、やはりアルファを趣味としてだけでなく家庭のファミリカーとして選択するには我ながらやや無謀・冒険といった単語が脳裏をちらつきつつ、さらには子供がリアシートを蹴り上げたり、吐いたり、漏らしたりというシーンも想像しながらも、結局ワゴンRにあたり落ち着く私の絵も、これまた想像しがたく、天の邪鬼な性格が最後は打ち勝ってアルファ147を買ってしまったのである。
アルファロメオが今のハーレーのように街やツーリング先で頻繁に見るようになるという状況はいささか考えにくいが、私がハーレーを買った時にここまで街で見かけるなるとは想像できなかったので、ひょっとしたら5年後は街でアルファを頻繁に?などと想像したりもする。まあ・・ありえないとは思うけど(笑)
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2002年10月17日