有不和路迷男物語

第1話

 これは男36才にして、有る不和とそして路地に迷い込んでしまって抜け出すための半年にも及ぶ迷える男の物語である。

2002年の初夏の事である。
その男は、こんな道はすぐ抜けられる。
答えが出せると思っていた。
ファミリカー選びの道である。
「答えは簡単だ。」と。

  さっそくエクセルで条件や項目を表にして金額と安全性やユーティリティ、
使い勝手や信頼性、燃費等をリストに作成した。
消去法で決めればすぐ決まるはずだった。
クルマなんて・・単車にくらべればただの下駄。
実用性があれば十分。
壊れなくて経済性がよければなんでもいいと男は当初思っていた。

休日になるとありとあらゆるクルマを見て回った。
ディーラーも脈略なくトヨタ・日産・スバル・スズキ・マツダ・・・国産ディラーを次々に。
実によくできている。
燃費もいいらしい。
特にシートアレンジは素晴らしい。
まるでからくり人形のようである。あるいは忍者屋敷の扉のようだ。

さらに故障もしないだろう。
道具として機械としてほぼ完璧である。

 ところが困ったことに、一度帰宅すると、どの車がどうだったかはっきりと思い出せないのである。
カタログを見ても試乗した感覚やイメージがどれも似たり寄ったりなのだ。
おかしいそんなはずはないと思うがやはり特別な印象が時間とともに消えて行く。

車なんてどれを選んでも同じように見えてあとは結局は価格勝負と思えた。
長い月日を経て、熱心なトヨタのセールスマンの名刺がどんどんと郵便受けにたまって行くことに
熱意を感じながら、ああ車なんてどうでもいいならこの人から買ってあげてもいいなと思うように
なった。

だがとりあえずと思って見て回った輸入車をみて驚いた。
明らかに国産車よりもイメージが強烈でまた個性がある。

結局候補は3台に絞られた。

VWのポロ。
そしてルノーカングー。
そしてアルくるまである。

 ポロはドイツのクルマらしくしっかりとかっちりできている。
高品質で安全性も高そうだ。

ルノーカングーの方は、内装が、いい意味でチープ。
そして実用的。それでいてお洒落なのだ。なかなかいいぞ。

 この2台をお見合いにたとえるならばポロは良家のお嬢さん。
基本的な礼儀・作法を身につけ控えめながらも、家事も仕事もきっちりできる。そんな感じである。

 一方カングーは、明るい性格で。飾らないけど愛嬌があって毎日健康に暮らす実質的な娘さんという感じ。

 そんな矢先ある魔性の女が心に入ってきた。
家庭的という言葉とは正反対のどことなくエッチな感じ漂うやらしい感じ。
見てはいけないけどつい見てしまう美脚の太股のようなクルマである(なんじゃそりゃ?)

その名はアルファロメオという。
だいたい名前からしてヤバイ感じである。
広告コピーにも官能という文字がある。
官能ってアヤシイ。
官能小説・官能的な声・もうこの言葉だけで妖しげたっぷり。

それは幌の薄汚れた10年前のジムニーで乗り付けるには多少の勇気がいるコギレイなお店に入った時にやられた。
オフロードバイクで町中のビジネスホテルに迷い込んでしまった時と似た不釣り合いな空気を感じ。
あるいはアルマーニのショールームにいつものラングラージーンズで入ってしまったような浮いた感じである。

背広を着た営業マンが応対する。ホテルマンのような雰囲気の男性が、朝食はどうなさいますか?
などと言い出しそうな雰囲気で「どうぞ」と勧められるままに、ドアを開いてそこに座る。

上質なレザーシートはイタリアンテイストたっぷり
大人!じゃーん!と心の中で叫ぶ。
私は子供。
もちろん言葉には出さない。
「お似合いですよ・・」
とバリトンのような声でその中年の渋いセールスは言う。

「似合いませんよ」というセールスはいないよなと思いつつも、ついその気になってしまう私。
我ながら実に簡単にのせられやすいものである。

「ヤラレタ・・・。」
私はかつて車の運転席に座ったぐらいで、
こんなに感じたことはあとにも先にもないのではないかと思えるほどヤラレタ。

とにかくわけもわからず魅力たっぷりな雰囲気。
エアコンのダクトに設けられた細いクローム。
奥深く赤く怪しくなにかを訴えるメーター類。
左右独立制御のエアコン操作部。
そしてなによりもこれがイタリア車なの?と疑いたくなるような素晴らしい仕上げ。
まっ、あくまでも見た目だが・・。

座っていながらにしてこのクルマを使うイメージが沸いてくる。
シーンが思い浮かぶ。
服装はやはりお洒落じゃないとまずいかな?とか
やはり高原のドライブやピレネー山脈のような峠をエンジンを回しながら走り抜けるか?
はたまたやはりこれに乗ってうまいパスタを探し求めてドライブか?
いやそれじゃあ短絡的だからここはやはりジャパニーズパスタである蕎麦通リングか?などなど次から次へとその生活シーンが浮かびあがる。
しかもそのシーンがなんだかとてもハッピーで楽しげでまあラテンなのだ。

どんなクルマでもこのワクワク感があるかといえばそうとも言えないのである。
実はとある国産車に相当期待していた。
雑誌も買い、待ちに待って展示発表会に行った。
イメージ通りかっこいい。
久々に欲しいクルマだと思った。
そしてコクピットに座ったのだが・・
どうも座った瞬間に、なにか・・・おや?と拍子抜けするぐらい感動がないのだ。
もちろんなかなか素晴らしいし、乗って峠をせめてはじめて面白いという知人のレポートも耳にしているが、
まず座った瞬間の胸のときめきがアルファに比べると希薄な感じがしたのだ。

 これはどういう事かといえば、それをどう使うかという漠然としたイメージ上のものでしかないのだが。

 アルファで感じたような、このクルマに乗ってイタメシ屋に行こうとか、ホテルの入り口でお洒落かなとか。
まあ実にどうでもいいことではあるけども、そういったシーンがうまく浮かんでこなかったのである。

 多分フルカウルのレーサーレプリカマシン(たとえば昔少しだけ乗っていたFZR750のような、性能はすごいし、サーキットでレースすれば楽しいだろうなあ・・で終わってしまう想像力であった。
 これはクルマのせいではなくひとえに私の乏しい想像力のなせる技であるが、少なくともバイクで言えば、
たとえばハーレーならひたすらまっすぐのんびり走って道端 の店でホットドッグを食いたいだとか、
あるいは蕎麦屋めぐりしたいとか、あるいはドカッティならば早朝の箱根を軽く、しかし真剣に攻め込んで、
朝食は旨い行きつけの店でエスプレッソを飲もうだとか、そういうシーンが乏しいような気がしたのである。
(食べたり飲んだりばっかだねええ・・)

とにかく感動に浸っていると、そのバリトン声セールスマンが
「試乗してみますか?」と。
何とアルファに試乗車あんの?と驚きつつも素直に試乗。

だって普通、通りがかりに魅惑たっぷりのヒトがいて、さわるだけでもだめなのに、それがアータ!試乗だって!!

史上・いや私情最高の試乗ですよ。!!これは。
ドキドキしながら発進させ、近場をぐるりと。
いまのクルマ。特に日本車はクルマは静かであればいいといわんばかりにやたら静寂さがうりだが、そんなマグロのようなクルマではだめですといわんばかりに高回転域になると、独特のアルファサウンドがあああああ・。はあーはあーぜいぜい。

そんなこんなでアルファとの出会いは官能的であった。
それから数ヶ月。この甘くて官能的な出来事をまるでなかったかのようにするために
その後も国産新車発表展示会にはまめに足を運んだのであった・・・


2002年10月15日

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