手間なおいしさ

食べるのがまずはめんどうである。
作業をともなう。
以前も述べたがいわゆる手間なおいしさである。
半分に割ってスプーン等でほじくりかえす
この手間がなかなかいい。
努力のあとに成果がある快感。
我慢のあとに訪れる至福。
カニを食べる事と共通な、なにかを感じることができるといえる。
小出しに食べる魅力といえばいいのか・・。
チラリズムにも通じる食のエロチズムである(ようわからんが・・)
カニ身も栗もあの中から少しづつ食べるのが旨いのであって
皿に山盛りに置いてあった場合さほど旨くは感じないであろう。

旬なおいしさ

次の理由は旬であること。
冷凍・栽培等のテクノロジーの進化により
いまのご時世お金させ払えばほとんどの食材が季節を問わず入手できる。
だが栗は、おそらく年中必要とされる需要もないせいかやはりこの季節にだけ登場する。
旬である。
年中栗が売っていると現在の人気を維持できるかどうかやや不明なほど、
旬な食であることは栗の魅力を形成する意味でおおきな力と言える。

シンプルな魅力。
栗を食べる時において栗ほどなにもせずただ食べるものはなかなかない。
塩すらもふらずに延々と黙々と食べる事ができるのは素晴らしい事ではないかと思う。
ゆでてよし、焼いてよし。栗は素晴らしい。

栗の個性

一見同じように見える栗だが、いざ半分に割って食べてみると、
そのひとつひとつの個性の違いに驚くに違いない。
あるものは甘く
あるものは苦く
あるものはしっとり
そして時にはとても食えない代物や
虫の被害にあったものもいる。
たった20個ほどの栗をゆでただけでこれほどまでに違う栗の個性。
まるで人生の縮図である。(ってここまでいうと大げさか!?)

秋は新蕎麦・新栗と新がつく季節である。
旬な感覚は日本人にとって大切な感覚である。
巡り会う日本の食。
今年の秋も一期一会を大切にしたい。
栗を食べふと思ったこと。

2002年9月19日

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