溶けはじめた氷山の一角

 先日久々にテレビをつけた。アメリカのホットドッグ事情を楽しくレポートしていた。球場や各家庭によって味も食べ方も実は個性があるそうだ。ハンバーガー以上にアメリカ人が消費するこのファーストフードはとてもアメリカ的なフードだと感じた。
 番組の後半ではレポーターのアメリカ人男性の父親が、ハーレーに乗り奥さんを後ろに乗せて登場した。子供が手から放れたあとに典型的なハッピー家庭であることがその表情から読みとれる。オリジナルのホットドッグを振る舞って番組の締めくくりはVIVA AMERICA WITH HOTDOG!という言葉だった。

 その番組が終了してそのまま雑誌を眺めていたら別の特集番組がはじまった。再放送らしい。内容は巨大企業エンロンの破綻までのレポートである。
過去10年間のアメリカのバブル好景気の裏側とその実態。エンロンが隠していた2800社のペーパーカンパニー。嘘で固めた巨額なポーカーゲームだと。そしてそれを見抜けなかったアナリストたちが登場していた。数値・売り上げばかりを追い続けたエンロン。粉飾決算と大企業の奢り、傲慢さ、そして恐ろしさ。おかしくなってしまったアメリカ資本主義の裏側の氷山の一角がすでに溶け出していることに映像は警鐘を鳴らしていた。

 ホットドッグを親子の家族で食べるその笑顔と、エンロンが破綻する直前に株を売却して数十億円という巨額の富を得て今なお、豪邸に暮らすエンロンの会長があまりに対照的な2つの番組だった。

 私は今までも、そしてこれからも自分自身で巨額の金を動かすことはあり得ない。したがって想像でしかないが、エンロンぐらいの巨大企業で莫大な資金を元に市場をコントロールしたかのような錯覚に陥り、さらに右肩上がりの業績を見るのは相当に楽しい仕事。おもしろいはずだ。億万長者ゲームというボードゲームがあるが、まさにそのゲームを現実社会で行うことができる一部のエリートと呼ばれる人々である。

 だがゲームには本来必ずルールというものが存在する。負けるとゲームオーバーになる。だがそのゲームに勝ち続けていくとやがてそのルールさえもお金と権力で対抗しようとする。気が付くとルールを破るのである。
 子供同士のゲームであってもルールを破れば、相手にされなくなり、友人や親、あるいは学校の先生たちに叱られる。また大人がラスベガスのカジノでルールをやぶり不正行為を行えば当然御用となる。不思議なのはここである。日本でもアメリカでも勢いで成長した企業のトップや、あるいは嘘の食品ラベルで税金をだまし取った責任の長である人々はけじめはおろか、何のおとがめもなしで豪邸で生活しているのである。何不自由なく。しかも本来ならば関わった共犯であるの銀行ですら、私たちがつぶれたらみんなの生活が大混乱するわよと政府を脅しながら、ゲームで負けた金を税金で補填させているのである。

 お金は悪ではない。totoや宝くじが当たればいいなと思いながら買う。だが人生の目標ではない。50年あるいは運がよくて100年程度の間に自分という人間が使う、ゲーム券のようなものだ。そのゲーム券すら入手できない国が多い中にあってその券を利用できるだけで十分楽しい。幸せだと言える。

 生まれてから死ぬまでにどんな場所でどんなゲームを行い、どんな目標にするかは各自で違う。

 私の主観でいえば、小さなスペースでホットドッグを作っているアメリカのお父さんの顔の方が、公聴会で言い訳し、苦悩するエンロン前会長の方よりも笑顔が楽しそうだった。

 お金・規模・学歴・世間体・住居・大企業。いろいろな世間の常識は確かにひとつの目安になる。だが数ある人生ゲームの一つの選択肢に過ぎない。そしてゲームは無数にあるはずだ。お金はどのゲームにも共通で参加できるゲーム券のようなものだ。ゲームセンターで使い切らないと出てしまえば意味がないカミ切れとなる。

ゲームは自分が納得し楽しいゲームをしたい。ルールを破ることがないように。そしてルールを破った方は2度とゲームができないようなルールにすべきだと思う。銀行や大手企業はルールを守っているといえるのだろうか・・。

2002年7月4日

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