続・野宿考 至福の時
家庭を持ったり、仕事の関係で20代の頃のように自由気ままに単独野宿ツーリングの頻度がめっきり減ると、振り返ってよかったなあー思い出すのは、当時はマイナス要因としてとらえていたたとえばこんな時間だ。
いつ頃だったか忘れたが、毎年夏の北海道へ通っていたある20代前半のある年。いつものように舞鶴港を出港したフェリーは早朝の小樽港に到着した。
初めての上陸の時ほどではないにせよ相変わらず感動という言葉以外には思い当たらない気持ちの高ぶりを押さえてキック1発でホンダXR250は目覚めて1人静かに北上した。(実はうるさい音だけど)
すでに何度か通ったことのある国道をひた走る。4時30分前後にはもう走り初めているのでどんなにゆっくり走っても朝の9時には朱鞠内湖の湖畔に到着した。ここは初めてやってきた時にこの看板を元に大勢のライダーと盛り上がった場所だ。アスファルト舗装された周辺の道はもうはじめての時のようなドラマは生まれない。ひとり静かに休憩して走り出した。
北上を続けると北西の遙か遠くに暗雲が確認できた。頭上は晴天である。できることなら雨は避けたくなる。初めての北海道なら無理にでも予定通り宗谷岬を目指すところだが、今回は特別北海道を走るという事以外にテーマはない。
そこで進路を北北東に進路を変えた。やがて暗雲を背に走るようになり流れ流れて道東に入った。こうした大きな雲を遠くに見ながら走れることも北海道が大陸的な香りを残す理由だろう。極東ロシアや中国大陸の一部にも北海道的な風景があった。
小樽から1日で北海道をほぼ半周することになってしまった時間を楽しんだ。だが阿寒湖についた頃にはすっかり土砂降りとなっていた。キャンプサイトも水たまりである。近くにライダーハウスを発見したが、すでに部屋には大勢のライダーのカッパが干してあるのが見えたことで、急に人と会話をするのが億劫になり土砂降りの雨でもテントを張って眠ることが正解のような気持ちが働いた。池のように見えただれもいないキャンプサイトにテントを張り、なにも食べずに眠った。熟睡したと思う。
翌朝起きると雨は上がっていた。ぐっしょりに濡れたフライであったが、ヨーレイカのテントは浸水することもなく快適であった。
阿寒湖を出て釧路湿原周辺のダートをあてもなく走り回った。すれ違う車もバイクもなく日本離れした空間をさまよってやっと人気(ひとけ)のする展望台らしき場所へ出た。多くの人は南からこの展望台までやってきてまた同じ道を戻るらしい。
シラルトロ湖キャンプ場に到着した。阿寒湖からすぐのところである。芝生が湖に向かって傾斜していい雰囲気であった。時間はお昼前であったが昨日走り通しだったため今日はここにキャンプ地を決めた。走り通しだった昨日にくればれば今日は走っていないに等しい。
こうして臨機応変に(というか実にいいかげんに)日程や宿泊地を決めることができるのもソロツーリングのよさだろう。
翌日は再び雨であった。朝から降り続けていた。時折強く。時折静かに降り続けていた。ラジオは北海道全域での雨を伝えていた。前日に知り合ったライダーたち4人と昨夜はバーベキューで宴会だった。そのうち1人は朝早くテントを撤収して旅立っていった。
私はまだ日程に余裕があり特別行くあてもないのでテントの中で本を読んでいた。大人4人でも寝ることができるテントにして正解だなと思いつつ。テントの中から回りにテントを張った昨夜の友に声をかけた。
みんな日程には余裕があるらしく「今日は1日降り続けるみたいだねー」とまるで近所のおじさんみたいな会話をしてみんな音楽を聴いたり買ってきままな格好でのんびりだらりと過ごしていた。
小腹が空いてきたのでザックの中から食料品を出す。米はあと10食分。なくなっていくとうれしいような悲しいような複雑な気分だ。せっかく北海道に行くのだからと資金は余裕を持っているが、根が貧乏性なのかどうも旅の工程中で食に贅沢できない性格だった。若かったのかもしれない。
米以外にチキンラーメンの袋入りが3パック。今日はこれを昼食としよう。袋の上から強引に縦横十字に割る。シェラカップで作るためだ。
シェラカップに水を注いでお湯を沸かす。その中に割ったチキンラーメンを入れた。時間も確認せずテキトーにふやけた頃を見計らって食べる。空腹時。雨でしっとりしたテントからのシラルトロ湖の眺めを見ながらの昼食は格別だ。しかも袋の中には残り3/4がまだあるではナイカ!うふふほほほ。100円以内でこのシアワセ。
軽くゆすいで最後はコーヒーで仕上げる。行くあてもない予定もない雨の1日。テントの中で文庫本のつづきを読み始める。
テントに落ちてくる雨の音を聴きながら、お気に入りの文庫本を読む時間。もちろん雨で憂鬱な気分も0ではないだろう。そして高級旅館でうまい料理を食って温泉に浸かり布団の上に寝た方が快適な事は知っている。
だが今振り返ってみると贅沢な時間とは、テントの中でチキンラーメンを食べて読書をした、こういう時間を思い出す。
雨の中のテント生活。私にとって極上の至福の時とはこういう時間だろうか。
2002年5月20日