駄菓子屋の乾電池
「だからどうしたと」と問われても答えようがないけれど、是非もう一度観てみたい。触ってみたい懐かしいモノがある。


例えば駄菓子屋の乾電池である。

当時普通の電気屋さんで買う乾電池はナショナル製の赤か黒の乾電池が一般的だったと思う。

なのになぜか駄菓子屋で乾電池を買うと、他では見かけることのない、いかにもあまり乾電池としての能力が高くなさそうな乾電池が売っていた。
 スカイブルーというか、いわゆる「そら色」をベースとして中央部に赤い菱形のロゴのようなデザインをしていたと思うが、記憶が曖昧ではっきりとは覚えていない。
 乾電池は今でこそ、6本パックや8本パックでかなり安い金額で売られているが、子供の頃はもっと高価なモノであった気がする。

駄菓子屋で乾電池を売っていただけでなく、模型屋でもその乾電池を見た記憶があるので、そういう駄菓子屋とか模型屋とかの問屋ルートで出回っていた乾電池だろう。ネットでこの乾電池の事を調べようとしたがメーカー名もなにもかも不明では流石になにもわからないのだ。
 この文を読んで、あああの乾電池の事ね!ともし情報があればぜひ教えて欲しい。
 あの乾電池を入手すべき状況というのは当然子供としては喜ばしき状況で、ワクワクしたのを覚えている。

2004年7月検索してついに発見しました。湯浅電池のR20というモデルでインドネシア製のようです。(私の記憶では中国製だった記憶あります。湯浅ってあの自動車用バッテリーで有名な湯浅?ですよね。だとしたらこのパッケージに似せた中国製のコピー電池?が存在したのかもしれません。

 恐らく軍艦のプラモデルとかだったのだろう。当時はゴム駆動のスクリューが主な時代に電池式とは非常にハイテクだったのだ。
 スクリューといえば忘れてはいけない存在が、マブチの水中モーターだ。

以前も触れたような気がするが再び記しておきたい。

当時の船のおもちゃの多くはこのマブチの水中モーターを指定した製品が多く、船の方に最初からマブチの水中モーターが装着できるように凸部の成型になっていた。

水中モーターは吸盤付きだったのでとりあえず何でも風呂に浮かべて遊ぶことができた。とりあえず石鹸のフタを浮かべて走らせた幼年期を過ごした方も少なくはないはずだ。
 

いまから思えばなんでこんなものにときめいたのか不思議なモノに、理科の実験教材で使った豆電球やソケットがある。並列つなぎや直列つなぎを実験した1.5Vや2.5Vの電球である。透明のソケットや白い電池ボックスには、よくわからないが喜んだ。

 同じくうれしくて布団の中にまで持ち込んだモノにコンパスがある。方位磁針の方ではなく、円を描く文具のコンパスの方である。小学校の頃のコンパスなのでチープなコンパスであったが、それでも妙に嬉しかった記憶がある。なぜあんなにうれしかったのか自分でもさっぱりわからない。その後、林間学校(山の学習)で、初めてのオリエンテーリングには興奮してそのシルバコンパスにもドキドキしたが、まだこちらの方はうれしい気持ちが今でも理解できるが、円を書くコンパスになぜ?と疑問が深まる。

駄菓子屋とクジ
 さて駄菓子屋といえば「くじ」である。1等から6等ぐらいまで豪華景品が並び、7等(スカ)にはどうでもいいような景品が用意されている。一番印象的なのは今でもその時の後悔と無念。ゆがんだ社会構造の裏側。あるいは大人社会の暗い陰を感じた衝撃的な記憶が鮮明だ。

場所は岡山県倉敷市の一番街という商店街の中の出来事である。当時私の家はこの商店街の中にあった。

JAZZ喫茶とBARの中間的なお店?を営む家庭で育ちその2階部分が住まいであった。

ある日1人で、その駄菓子屋に入った。行動圏内に2件の駄菓子屋があった。「ハラ」という屋号の店と「アカイ」という店があった。いずれもお婆さんが1人で営んでいたような気がするが、ご主人も健在だったような気もする。このあたりの記憶は曖昧である。今から思えばこの店舗は、それぞれ原さんそして赤井さんとう名字だったのかもしれないが今となっては知る由もない。この日立ち寄った店は商店街の中にあるハラという店の方だ。

 恐らく正月明けだったのだろう。通常は総合計でも恐らく100円あるいは200円程度の所持金だった時に1000円以上の大金が財布にあった記憶がある。正方形の店内は上から俯瞰図としてはちょうど通路がアルファベットのH型になっていて、入口はHの右下から店内に入る。右手にはガラスの引き戸があってその中にはプラモデルがあった。

 話はそれるが、このショーウインドウの中からガッチャマンの火の鳥を買った当時中学1年生の従兄弟が、小学校1年生だったわたしに何か買ってやるといい、ある日私はその従兄弟にプラモを買ってもらった記憶がある。好きなのを選べと言われて私はゼロ戦(正確には海軍零式艦上戦闘機52型丙型)1/72を買ってもらった記憶が鮮明だ。うれしかった。今はなきLS製だったと思う。読みながらマルサンのピーナッツシリーズを連想する方は残念ながら私より一世代年上である(笑)


従兄弟は「お!子供なのになんという渋い選択だ!」と賞賛してくれたのを覚えている。
私は内心「あんたは、いい年(中学1年だけど)してそのガッチャマンはあまりに子供じみている・・」と思ったがもちろんそんなことは口には出さないのであった。


 さて話しを元に戻そう。その駄菓子屋のH型の見取り図を頭に描いていただきたい。右下から進入した私はHの真ん中のヨコ方向通路を左折しさらにHの左レーンに入ったところで右折した。そうこの場所が、くじの黄金地帯である。左壁に所狭しといろいろなくじがぶら下がっていた。


 店のおばあちゃんもいつもこの奥に鎮座していた。ここが重要な位置なのだ。この店の店主らしきおばあちゃんではなく時々そのおばあちゃんより推定20才は若いけど、別のおばちゃんが時々店にいた。そうこの日はこのおばちゃんだった。
 いつものようにくじの景品を見回すと、思わず目がとまった。そこには新しく見たこともない景品があった。1等のそれは幾何学模様を描くテンプレートで、薄いブルーの定規に大きなギアのようなゲジゲジがついたサークルが2つあいていて、そこに小さな樹脂のプレートに穴が空いていてそこへボールペンや鉛筆を差し込んでその大きなギザギザのサークルにそって回転させると様々な幾何学模様が描けるという定規であった。
 なぜか異常にそれが欲しくなり、いざくじへ資金を投入したのである。
小さな紙箱の中に入ったくじは紫色と赤色の紙でサンドイッチされていて手でその僅かな隙間をうがすと(岡山弁では剥がすことをウガスと言います)
くじ結果がわかる。

1回10円のくじも、50円100円500円と徐々に投資した金額の総額がふくれあがる。

恐らく顔は紅潮し脈ははやまっていたに違いない。なぜなら全面的にほとんどがスカである。ほとんど役に立ちそうもない消しゴムばかりが景品として大量に手元にたまっていくのである。焦った。
 その時である。一瞬だが店番をしていたそのおばさんの顔にも私同様になぜか焦りの表情が見えた。
 今さら引くに引けない状態とはこのような状態を言うのかもしれない。不良債権を抱えた企業にさらに回収の見込みなく資金を投入する気持ちである。(もちろん当時はこんなこと思わないよ。回想ね)

このままでは非常にまずい。なぜならもうすでに潤っていたお正月のお年玉の硬貨を使い果たしてあとは岩倉具視が率いる500円札しかないのだ。

この絶望的な敗北感、屈辱感のあと、事態は一気に好転したのである。
 それは例えているならば、最前線に残された僅かな兵士。絶体絶命のピンチにやっと到着した第7艦隊と空からの援軍が突如現れるかのようなハリウッド映画のような展開である。(え?よくわからない?まあ気にせずに・・)

流石に算数が苦手な小学生であった私も、明らかに残りのくじの数量と、また壁に飾ってある当たりの景品の数が合わない事に気が付いたのである。

いきなり体験した実社会に於ける厳した矛盾。裏側と言った言葉が脳裏を駆けめぐった。

そしてなんと残り数枚のくじを全部ひいたのである。

当たりを信じて・・・

 結果は

ハズレ!

当たりなし。だが、壁には多くの商品が残っている。

なんたる

不条理。

大人社会のからくりと暗闇!えげつなさ!

子供の全財産であるお年玉を奪ったのである。

これはもう犯罪と言っていい!

呆然と立ちつくす私を見て流石に残酷だと思ったのか、

あるいはいつもの悪徳商法がばれてはまずいと感じたのか、

そのおばさんはやさしく冷静に
「おかしいわねえ。あたりが入ってないねえー」

といいながら当たりの景品を全てくれたのである。

 人を疑う事をしらないこの時代、私は素直におばさんのやさしさだと思ってありがたく喜んでその定規を持ち帰ったのである。

 その後紙にその定規で幾何学曲線を描いてみたが、定規で同じパターンが描けるだけという事実に気が付くとすぐ飽きてしまった。

 その後少し知恵がついたころに、当たりくじが最初に出てしまうとなかなか残りを買う子供がいなくなるので、最後になるまでなかなか当たりは入れないというのを人から聞いて、私は自分のこの体験談を思い出したのである。

今でもこの生まれ育った商店街は残っているが、残念ながらもう商店街に駄菓子屋はない。トクナガというお菓子屋もあったが、商店街から子供がいなくなった頃にこの店もなくなった。時の流れである。

子供の頃に味わった社会勉強であった。

2002年5月15日


2004年7月ついに久しぶりにその定規をみつけました(笑)

なんと150円!高いのか安いのかよくわかりませんが。

とにかく買いました。

ローリングルーラーという名称です。へええ〜・・

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