「どこまで行くんだステレオ!」
と聞かれても困る。わしはステレオでもないし、行くあても知らない。
と当時中学生だった私は思った。
この言葉は私が生まれて初めて欲しいと思った高額?ラジカセのカタログに
使われていたキャッチコピーである。
この頃は欲しいモノのカタログをまさに穴のあくほど眺めたような気がする。
これは私が生まれてはじめて手にいれた宝物の物語だった。
そういえば最近カタログを穴のあくほど眺めて欲しいようなモノがなくなった。最近モノが売れないというが、実は魅力ある製品を生み出せなくなってしまったのである。などといえばもっともらしく聞こえるが果たしてそうだろうか?。
欲しいモノはたくさんあったが、我慢したり生活を切りつめたりすることなくすでに入手してしまったためにそのありがたみや、入手までの苦難で長いけれど楽しいプロセスを多くの日本人が忘れているのかもしれない。と考えることもできる。
今や若くして200万円を超えるハーレーの新車やあるいは4輪車をそれこそ大学生でも新社会人でもポンポン買っている。
欲しいモノをストレートに目標に向かって買うことは悪い事ではないし、それなりに苦労してバイトなりローンを組んだりしているのだろう。あるいは敢えてローンという負荷を自分にかけるという意味合いがあるのかもしれない。事情や考え方は様々だろうけども、我慢せずに買えてしまうローンというものの存在は大きい。
時々ロードキングのページに届く、若い頃からの何十年にも及ぶ夢がやっと叶ってハーレーを買いました!という方とはその納車の喜びや感動が遙かにメールを通してでも明らかに違う。
これはひょっとしたら禁断の楽しさあるいは禁欲の喜びを忘れているのかもしれない。
子供の頃は欲しいものが手に入らなくても何年もかかって僅かながらに貯金をした。あるいは徐々にステップアップして欲しいモノを手に入れた。従って手にいれた喜びはより大きかった。
人間にはいろんな欲がある。
食欲・性欲・睡眠欲。
いろんな欲望を欲望のままに動くことは悪とされ、節度ある抑制が人間には倫理的にも様々な宗教でも求められている。
食欲において無分別な体型を維持してしまっている私ごときが分別くさく述べる立場にないことは重々自覚の上に恥を忍んで述べるならば、やはり欲と言うモノは抑制しなければならないという倫理上の問題以前に、禁欲生活という我慢した後の実現の方がより、喜びが倍増するということを、古来から人間は学習し、知っているのでは?と最近考えるようになった。要するにその方がHAPPYなのだ。
言い換えれば欲しいモノがないのでなく、欲しくて昔は相当我慢しなければならなかったようなモノはすでに私も貴方も所有しているのだ。
特に物欲とは絶対的な欲望ではなく、あくまでも周囲の社会における相対的な要素も強い。これはどういう意味かと言えば、たとえば性欲は種族保存の生物としての本能だし、食欲や睡眠欲は生きていくための絶対的必要不可欠な欲であるのに対して、特に今の一般的な日本の生活においての物欲はかなりの比率で相対的だ。
たとえば主婦の仕事を飛躍的に解放させた洗濯機や、車がない家庭においての車が欲しいという時代であれば、洗濯機が欲しい。あるいは車が欲しいという物欲はかなり絶対的な物欲だったと言える。
ところが今や、動けばよいという車であれば中古車で10万以下で探すことも充分可能だ。なければ生活できないような場所で一度車を売り払ってどこへ行くにも延々と歩いた事があるが、この時ほどどんな車でもいいから早く欲しい。と、車のありがたみを実感した記憶がある。
さて話が大きくそれたが、穴があくほど眺めたはずの、ラジカセカタログはすでに手元にない。
バイクや車のカタログならば、いざ知らず日本中探してもこのラジカセのカタログなんて存在しないかもしれない。
もしどこかにあるなら見てみたい。
確か、表紙には草むらの上に置かれた水平2連の猟銃(上下だったかも)が置かれていた。今で言うアウトドアのシーンを演出したものだと思うが防水ラジカセではなかった。小さい高性能ステレオラジカセをイメージしていたのであろう。
ネットでもしや?と一生懸命検索するとやっと情報がいくつか出てきた。
流石にカタログはないが、文字情報だけはあった。
1980年4月発売になっていて販売価格59,800円だったらしい。
最大外寸幅365×高さ120×厚さ72ミリ。
商品名はメタル365だったので、私はてっきり1年中毎日聴くという意味の
365日からとった数字からかな?と買ってに想像していたのだが、どうやら横幅365mmからきている数値らしい。
メタルの意味はヘビーメタルではなく、当時のオーディオ新技術だったメタルテープ対応の意味だ。メタルテープは対応していないヘッドで再生するとそのヘッドを摩耗してしまうと恐れられてあまり普及しなかった記憶がある。またテープは安い順に赤い帯(主に会議用)のテープ、グリーンとブルーのテープ(一般音楽用)、そしてクロームテープのシルバー。酸化鉄?のゴールドテープとSONYのカセット生テープは色分けがされていて、そこへメタルテープはさらなる上位テープとしてカセット本体はブラックの高級感あるものだった。
他に特記すべき機能としては高級チューナー等に搭載されるメモリー機能付きのPLLシンセサイザーチューナー。
これは画期的であった。といっても田舎の倉敷では当時FM局はNHK-FMと東京FMが受信できる程度で活躍できるほど選択局はなかったけれど。
先日このメモリー用電池を数年ぶりに交換してやるときちんと動いた。
そして今ならこのメモリーをほぼフルに使えるほどローカル局も含めてFMを受信できることがうれしい。
購入した場所は倉敷のダイエーだ。
私がこのテキストを書いている2002年の4月に悲しい情報を知った。
その倉敷のダイエーが来月で閉館になるという。
ダイエーそのものに義理も未練もないのだが、あれほど私が子供の頃、地域の商店街が危機意識を持つほど恐れられたあの大型スーパーダイエーが、ついにその幕を閉じるとは・・。
駐車場へ入ることすら長い長い待ち時間の後にやっとできたあの思い出。
栄枯盛衰。盛者必衰。いささかやはり思い出を振り返ると悲しいものがある。
近年倉敷にできた巨大ショッピングモール・イオンが、倉敷の中心部の活力ある商業エリアとして栄えているようだが、やがて30年後には、このダイエーと同じ道をたどるのか?などと、一つの時代の移り変わりに思いをよせてそのニュースを聞いた。
さて購入したのは1980年の12月22日だ。
さすがにどうでもいいことだけは記憶してしまう私とはいえ買った日までは覚えていない。これは、当時から使っていたDYMOでテープに買った日を打ち込んでいた父を真似て、私がそのテープ打ち器であるDYMOで日付を貼っておいたのだ。
ダイエーの電気売り場は華やかで活気に満ち溢れていた。
同時期に店頭に並んでいた、サンヨーの赤いUFOラジカセやパイオニアのランナウェイという丸みを帯びたラジカセが対抗候補だった。
最終的にはSONYのメタル365にべた惚れだった私と、ランナウェイを気にいった父とで意見が分かれたが、最終的に貯金したお金で買うのだから好きなのにしろ。という最終決断がおいて予算オーバーだった1万円分が助成金として援助されたような気がする。
何度か店に通ったような気もするし、その場で買ったような気もするが、やはり一度は悩んで2回目に購入したような記憶が濃厚だ。
買ったあとはうれしさのあまりそのラジカセでづっと音楽を聴いていた。
ラジカセにはデモテープとして2曲入ったテープがオマケでついてあった。
当時ヒットしていた「水色の雨」という歌謡曲の楽器演奏バージョンだった。
とてもいい音に聞こえた。
スピーカーは左右1個に見えるが大きなコーン紙の中央が、小さな高音用スピーカーになっていて、じつは2WAYスピーカーだったというところも泣かせた。
そのラジカセで毎朝と夜は寝るまでの間、音楽を聴き続けた。
高校生になってもそのラジカセでFMを聞いたり、山下達郎や当時ブームだったBOB JAMES等のフュージョンを聴いた。
高校生になりオートバイに熱中していた頃は、そのラジカセから山下達郎を聴きながら、片岡義男のオートバイ小説やエッセイを読みながら、まだ見ぬ北海道や信州のツーリングを思い描いていた。
青臭い表現だがまさに青春のラジカセであった。
間もなく閉店するダイエー。
そしてこのラジカセを買う時にいた父ももういないが、当時聴いた音楽をこのラジカセで聴くと22年前の空間が蘇る。
もはやこのラジカセは単なるラジカセではなく
私にとってはタイムマシーンなのだ。
2002年4月24日