よく晴れた休日。少しだけ早起きした。
湘南海岸を車で少しだけドライブ。
安くて旨いと地元で評判のパン屋で昔ながらのサンドウィッチを買う。
家に戻って友人からもらった旨い珈琲豆を挽いた。
漂う香りは至福の香りだ。

テレビニュースでは、今年は例年にないほど桜が早く満開となり、
はやすぎた満開に日本各地で大慌てな様子を映し出していた。

やれやれと思う反面、この異常ともいえる日本人の桜好きは、
人生観や潔さ、はかないものへの哀愁などの
様々な日本人の美学が集約された象徴的なものなのかもしれないな。などとぼんやり考えていた。

お昼になって、せっかくだからカミさんと2人で花見に行くことにした。
と言ってもおおげさな準備はせず、
冷蔵庫からよく冷えたビール瓶1本をトートバッグに押し込んだ。
近くでお寿司の弁当とかっぱえびせんの小袋を一袋買って歩いて公園まで出かけた。

15分ほど歩いて公園に着く。さほど広くはない公園一面に満開の桜が咲いていた。
近所の人らしい家族連れやいくつかのカップルが少しだけ小さく花見をしている。
さっそく2人でベンチに座って寿司を食べた。
紙コップにビールを注いで分け合って飲んだ。
ビールはほどよく冷えていてとても旨かった。

ちいさな至福の時間。
今の瞬間この時間のありがたみは本当は全部理解していないかもしれない。
けれどあの世に逝くときにひょっとしたら全部わかるかもしれない幸せな時間。
想像とも実感ともいえない曖昧な意識の中でこの時間を過ごした。

「散る桜 残る桜も 散る桜」

この句を先日私のホームページの中にある伝言板で、ある友人が教えてくれた。
私はこの素晴らしい句を今まで知らなかった。あるいは義務教育の過程で習ったのかもしれないが
それまでの私の意識では触れなかったのかもしれない。
不覚であった!。と言いたくなるほどこの句に感動した。

世の中にはなんと素晴らしい句を思いつく人がいるのだろう。
またこれだけの深い意味を五・七・五という短い言葉の中で表現できる俳句はなんて素晴らしいのだろうと
驚愕にも似た感動でその言葉が私の脳裏に焼き付いた。

さっそく調べてみると有名な短歌を多く残したあの良寛和尚さんの秀句らしいということがわかった。
良寛和尚さんの素晴らしさももちろんだが、この句を素晴らしいと感動する日本人が大勢いたからこそ私も知ることができた。そして知らない方がもしれば是非伝えたい。

こうして21世紀になってもこの句は後世へ語りつがれていく。

「散る桜 残る桜も 散る桜」

まだ3月なのに散りゆく桜をみながら、私は、21世紀になったばかりの昨年1月に、末期癌のため他界した父の事を思い出していた。

2002年3月24日

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