パウダーを食らいに

 

Nagano2002/Photo by Hitton


 昨年の秋に信州ツーリングに行った。その時のツーリング発起人であるGAO氏(hpはこちら)が渋温泉に到着して「是非会わせたい人がいる」と現地で初めてお会いしたのが、長野県在住でスノーボードのグラフィックデザインをしている塚田氏だった。
 塚田氏は街を歩いていても「スノーボーダー」とわかる人。といえばいいのだろうか。服装とか表層的なことはもちろん、その体つきやシャープで切れのある動き。あるいは目の輝きが通勤電車で見かけるような腹の出たおっさん(え!わしのことケ?)とは明らかに違う。とにかくかっこいいのだ。私が今住んでいる湘南界隈でも、人生がエンドレスサマーな波乗り人生を歩んでいるおじさんサーファーたちを早朝に大勢みかけるが、彼らと同様なオーラを放っている。
 そんな彼がツーリングが終わってから時々メールで、「パウダーを食らいに行きましょう」と誘ってきていた。そして我が家でもカミさんが「スノボに行くという約束はいつになったら実現するの?」とまるで衆議院での証人喚問のようにキビシク追求してきたので、ついに渋々重い腰を上げ今年は久々にスノーボードに行くことにしたのである。
 正直行って長野オリンピックの時にはスノボの板は一度も車に積んだ記憶はないので少なくともここ4〜5年は雪のある場所には行っていない。スキーは大阪や栃木に住んでいた頃によく通ったが、栃木時代にオフロードバイク仲間で誘ったある女性があまりに巧いスキーヤーでオマケに彼女は指導員であることも黙っていて当日私が教えるぐらいのつもりで行ったら、逆に私が教えられたといううれしくない記憶を最後にあまりいい思い出がない。
 スノボはそのあと神奈川県にきてからやり初めて全く滑ることができない状態からなんとかターンができるようになるまではハマッタ記憶があるがなぜか4月にまで奥只見の方へ行った時、あまりにべた雪だったためそれを最後に行っていないと思う。またスノボはかなり周囲に事故や怪我が多くてそれなりに覚悟が必要だった。とまあ行きたくない理由を作っては毎年スノーシーズンが通り過ぎていたのである。
 ただ当時から「パウダースノー」には非常に憧れていて、その楽しい浮遊感覚というのをぜひ味わってみたいとい気持ちがどこかにあった。
 昨年12月頃に「今年は雪が多くはやくもパウダー食らってます・・」というメールを見てむくむくと行きたい気持ちモードになっていた。
 さらに12月末にカミさんと雪の中をジムニーでドライブしながら信州の温泉地に宿泊したのであるが、温泉に浸かっておいしい料理を食べても、「ん?これはなにかが大きく違う!バイクに乗って寒いわけでもないし日々の生活に疲れているほどではない。おまけにこんな休日なら30年後でもできる!」ということに気がついたのである。そうだ、どうせ冬場に宿泊でどこかへ行くならと相成った。
 当初は自分のジムニーで行く予定であったが、レカロシートを装着したチェロキーが長距離ではかなり快適だとさかんに連呼して気に入っていた勤務先のボスの言葉に惑わされてそのチェロキーを借りて行くことにした。4駆とは言え油断禁物だ。滑り始めたら重心が高く重い車が多い4輪駆動車やとんでもないクラッシュをすることがある。かつてランクル時代には私も何度かアイスバーンで車が止まらず雪壁に突っ込んだ経験もある。

ブームの弊害
 久々の深夜ドライブに、けっこうワクワクしながらコンビニでお菓子やお茶等もゲットしながらどんどん北上する。しかし1990年前後は深夜の高速といえば、スキーバスが凄かった記憶があるのだが今やスキーツアーバスなるものはほとんど死滅状態らしい。そういえばかつて4駆ブームと言われた時代があったが、スキーブーム同様、今では元々好きな者だけが細々と楽しんでいるという状態だ。1980年代中盤の空前のバイクブームもそうだろう。中にはそのままとどまる人もいるけど多くはまた別の趣味へ移って行く。根っから好きな人たちが築いた趣味世界を散々荒らし、さらに専門メーカーの製品開発動向や商品の方向性を安易な市場動向とやらで混乱させて品質の低下や価格の高騰、上辺だけのモデルチェンジを助長する。という点がブームの去った世界で共通して言えるのではないかと思う。
 いまIT不況が叫ばれているが主にそれはハード面の要素が大きい。半導体をはじめいろいろな面で特にウインドウズ搭載パソコンは競争が熾烈になり価格競争になり多くの会社が生き残れないという予測はテレビニュースでウインドウズ発売の行列が報道されていた1995年の頃からあった。にも関わらずやはり他のブーム同様このまま永遠に売れていくような錯覚に陥った経営者たちの誤判断により今は「リストラ」と叫んでいる。誤った判断をした当事者たちが自らリストラすればいいのにそうはならない。
 「リストラ」という言葉も輸入品だ。バブル崩壊後日本の企業はこの「リストラ」というものの本質を、よく考えず従業員を単なる頭数の兵隊として数で処理した。安易なブームだったのだ。大企業の場合、志願退職者を募るとその「寄らば大樹」から離れてもやっていける自信のある人間から離れて行くので企業としてはそのリストラした人員以上の大きな損失を抱える。日本の場合終身雇用を信じ、多少のことはあっても赤穂浪士の心意気でつかえてきたのに、安易なリストラブームで1000人あるいは万人単位で人員削減の文字が新聞を連日飾った。元々欧米的な雇用を行ってきた企業ならばともかく、日本的な忠義と恩義、精神的な要素を考慮せずリストラを強行した多くの企業がその目論見通り大成功で復活したという例は、リストラを強行した実例よりもはるかに少ないのは毎日の経済ニュースが物語っている。むしろ世間のリストラブームに流されず独自の経営哲学や企業ポリシーを貫いてきた会社の方が成功しているのは皮肉な結果だ。
 第2次世界大戦の時、航空戦力に新時代を見いだす先見者がいながら見た目の大きさと威風堂々とした外観に惑わされ大艦巨砲主義から抜け出すことができなかった海軍。そして長年訓練と実績ある熟練したパイロットの戦力を重視しなかった軍の首脳。無駄な戦いだと知りながら虚偽の戦況報告や攻撃を続けた現地の司令官。そしてウソの戦況報告を続けた大本営。
 いまだに学生に人気のある大企業。長年の熟練社員のリストラ。悪いことだと自覚しながらウソのラベルを貼りつづけた食品メーカーやその管理職。国会でもウソをつく国会議員。内容は違えども半世紀前の出来事に似ているような気がするのは私だけか。

 と、気が付くとスノボに行く脳天気な文から一転、歴史に学ぶ現代社会みたいな硬い内容になっちゃいました。話を元に戻そう。
 スノボやスキーに関していえば私も上記のブームに乗った迷惑だった人々に含まれる。ここ数年すっかり興味を失ったしその理由がよくわからなかったのだが、今回長野に行ってその理由が判明した。
 人が多すぎる空間が苦手なのだ。さらになにかと金を徴収するような場所も苦手だ。例を挙げれば、たいしたことのないでっちあげた名勝景勝地に観光バスが何台も停まってみやげもの屋があってさらに広大な駐車場なのに都会並の駐車料金を徴収されて・・聞きたくない音楽が大音量で流れて、さらに食事しようかと思えば、延々と待たされて、とどめを指すようなまずいカレーや蕎麦が価格だけは超立派で・・。こんな場所が苦手だ。普通いやになるよな。
 そう振り返ればかつてのスキーブームには、ずばり私のいやな要素がすべて含まれていたのだ。徹夜でドライブし、やっとの思いで現地に到着すればたとえ早朝の4時でもご丁寧に駐車料金を徴収にやってきて・・ご苦労様です。(朝の4時だぜ?信じられる?ギャンブル以外では儲けようとしないラスベガスの街の垢でも煎じてほしかったね)
 ゲレンデに入るとリフトは大渋滞。食堂に入れば大渋滞でカレーライスがなぜか1800円。リフトに昇ればひっきりなしに各ポールに取り付けられた選挙カーに装着する音質の悪いスピーカーからはユーミンの曲が流れて・・(あー誤解のないように言っておきますがユーミンが嫌いなわけではありません。荒井由実時代からレコードもある。リ・インカネーションの頃までは毎年アルバムを買っていた。FMサウンドアドベンチャーも聴いていたしね。でも同じ曲がひっきりなしに流れていたらいやよね。苗場だけにしとけ!って気分)
せっかくの大パノラマが広がっているのにこれじゃあ街の中みたいで何とも。そんな複合的なスキー産業全体のモロモロがなんとなくいやになって遠のいていたのでは?と今回感じた。

 そして今回久々にスキー場に訪れて感じたのはこれらのマイナス要因がすべて取り除かれていたのである。
 道中も道は空いていて渋滞もなく、パーキングエリアも空いていてバスも見かけなかった。さらに現地に到着しても駐車場の料金は無料でリフト券も安い。リフトは待ち時間0ですいすい登れたし、食堂のおいしい野沢菜は無料。
 そうだったのだ。これなら気持ちがいい。リフトから見る長野県の山々はとても雄大で静寂とした風景。もしこれが登山であればとうていこの時期到達できないであろう場所からの銀世界。また雪のシーズンにきたくなった。
 肝心のパウダースノーであるがシーズンはじめの上質のパウダーから今回私が行った時期は暖かくなりシャーベットを食らった。
 ぜひきっかけとなった「パウダーを食らいに」を来シーズンは期待したい。

追加後期
えーお恥ずかしくてとても書けない私の体力低下ぶり、かろうじてスノボ2回目のカミさんよりはマシという程度の技量であった。来シーズンは体を鍛え直して挑もうと思っている。(1週間経っても肋骨が痛む・・もしや?)
 さて今回のスキー場は上越道からも関越道からも少し距離のあるとある村営の素晴らしいスキー場であった。穴場的なのでどうしても知りたい方はDMください。こっそり紹介します。今回宿の紹介、スキー場の紹介となにかと塚田さんにはお世話になりました。ここで改めて感謝します。え?塚田さんの滑り?そりゃあもうあんた雪から生まれてきた人のようです。華麗!。
 ハーレーに乗った人をいきなりバイカーと呼ばないように真のスノーボーダーはこういう方を呼ぶのでしょうね。きっと。

2002年2月末

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