山形蕎麦通(ツー)リング2001年11月23日-きよ蕎麦編-

-きよ蕎麦編-

 朝2時50分起床。いや朝と呼ぶにはまだ早すぎる。深夜だ。前日までというより5時間ほど前までは会社で仕事をしていたので、あまり寝た気はしないがそれでも2時間以上は眠っただろうか。最近は、頻繁にツーリングに出かけていたので、急速に発達している我が家の熱帯低気圧はこのままで行くとそのうち台風になりそうだ。うーむいかん。このツーリングが終わったら修復せねば。そおおっと静かに起きて支度をする。
 ロック類を解除して出発準備を整える。前日ガソリンスタンドでタイヤのエアー圧を計ったら1.9Kgまで落ちていた。12月に入れば2回目の車検だ。スポーツスターからロードキングに乗り換えてはや4年である。意図的にラット仕様にするつもりもないので各部はきれいな輝きを保っている。湘南界隈は塩パワー(酒POWERは勤務先の登録商標です)がすごいが、ハーレーを錆から守るには、錆びてからの対処よりもまずは予防が一番大切であることをハーレー乗りの大先輩から教えてもらったことを思い出す。
 いつものように車が通る広めの車道まで、くそ重たいロードキングをひたすら押して歩く。それにしても重い。坂道でなくてよかった。
 ハーレーを垂直に戻して、サイドスタンドを出す。押してきたせいで、すでに肩で呼吸をしている。その呼吸のせいでヘルメットのシールドはすでに真っ白だが、今回はフルフェイスヘルメットを2年ぶりに出して被った。防寒対策と持ち出したのだが、この時はこのヘルメットが後からちょっとした些細な問題点となるのだがこの時点ではまだ知る由もない。
 コックを下にして、エンリッチナーを引く。アクセルを軽く2回煽ってクラッチを握ってエンジン始動。いつもながらに始動性がいい。3時15分に出発。走り出して車の走っていない国道1号線をひた走る。
 おや、思ったほど寒くない。これはうれしい。道路脇の表示を見ると9℃!暖かい。首都高湾岸線に入る分岐をあまりに空いていたため通過してしまい、もうひとつ先の分岐から湾岸線に向かう。
 静まり帰った横浜の中心部を見ながら流れるように走る。なぜか水族館をぐるぐる回るマグロを連想しながらトンネルをくぐり抜け横浜ベイブリッジを通過。
 どこまでも空いている道を走って東北自動車道へ入る。このあたりから先ほどの暖かいという単語はとっくにどこかへ飛び去り、変わって寒い、冷たいという言葉が浮かぶ。 流石にこれだけ寒くなってくるとそんなに朝早くからツーリングに行くバカはいないと見えてバイクも走っていない。よせばいいのにご丁寧にも6℃、そして4℃と徐々に道路の温度表示が視覚的にも低下してゆくので目、口、鼻、肌、風と感じられるすべての五感温度が下がっていく。不思議なもので寒いなら停まればいいのに一度走り出してしまうとハーレーを停車させるのがなぜか億劫になってしまい、次のパーキング、そしてもうひとつ先のパーキングと先延ばししているうちに最初の集合場所である佐野P.Aに到着してしまった。時刻は午前5時7分。給油後2輪車の置き場に行ってみるとホンダの大排気量バイクが1台だけ停車していた。パーキングにバックでハーレーを停車させて地面に降り立つ。グローブを脱いでパーキングエリアの室内に入るとすでに、大勢の人でごった返している。さすが3連休の初日だけのことはある。朝の5時からラーメンを食べている人がいる。すごいなあーと思いつつ自販機の前に立つとすでに私もあろうことか佐野ラーメンのボタンを押していたのであった。
 凍結した水道管にお湯を注ぐような気持ちでラーメンと暖かいつゆが喉を落下する。食べ終わると体は温まったものの膝頭から下が冷たい。今から思えば冬の林道ツーリングをDTやXRで走り回っていた時代にはこんな寒さなんて屁ともなかったのに流石に少しだけ年を取ったのか寒さが堪えるようになってきた。のかと思ったが違う。多分モトパンのせいだと思う。モトクロスパンツ(通称モトパン)は膝頭とすねの部分に樹脂パッドが入っていてあれのおかげで暖かかったのを思い出した。そうだ年のせいじゃないじゃん。と胸をなで下ろしながらお茶を飲む。
 そうこうしていると今回の主催者兼ロードキャプテン兼ツアーコンダクター兼怪しいウォーマーのセールスマンのようなくるま氏登場。となりにはローライダーのHPでホビーワールドのkitaさんも到着していた。久々の再会だ。

 11月も終わりのこの寒い時期に敢えて北上するマゾツーリング。いや蕎麦ツーリングだ。2年ぶりに晩秋から初冬へ変化する山形を目指す。宿に泊まる関係と今回は2日目にくるま氏友人宅へ厚意で泊めていただく関係上公開募集ツーリングではなく少数蕎麦民族ツーリングとなった。今回の人数はくるま氏、kita氏、そしてこの先のS.Aで合流予定のがく氏、そして私の総勢4名である。4名だと総勢なんて言い方はしない。まあいい。

 どうやら、くるま&kitaの両氏は無線装備をしているらしく、コンバットのサンダース軍曹のようにチェッメイトキング2とか交信しているように見える。3人のうち1人だけ(ワタシのことね)が無線を傍受できないので妙な疎外感を感じつつ出発。くるま氏のハーレーからはいろいろな配線やら反射ベストやらが見え隠れして独特のムードがある。そのうち空中へジャンプできるのではないかと思うほど股のあたりになにやらコントローラーやら配線やらがくっついている。これは今回の山形蕎麦通リングのために計画導入した秘密兵器でバッテリーから電熱で体を温めるチャップス&ベストだそうだ。
 もう夜は明けていて快晴を予感させる朝靄の中を走る。しかし寒い。あまりの寒さに予定外のP.Aに停車。kita氏と私はトイレに駆け込み、貴重な温度を保っていたはずの液体を体外へ。推定2℃温度は下がり全身がぶるっと震える。kita氏と私が寒い寒いとカップコーヒー120円也をううううとかいいながら飲んでいるとそこにやってきたくるま氏は信じられない行動に出たのである。あろうことかCOLDの冷たいペットボトルのお茶を押していたのである。暖かいとは聞いていたがまさかそれほどとは。時計じかけのオレンジならぬバッテリー仕掛けのくるま氏であった。ここでこのミスター温暖ベストのくるま氏からは信じられない言葉出た。「温泉に浸かっているよう」だそうである。

 くるま氏とは、まさに「温度差 」を感じつつ、次のサービスエリアを目指したのであった。アダタラS/Aでは白いショベルのFLHが到着していた。10月に3人で尻焼き温泉に行ったGことGAKU氏である。尻焼き温泉の時はまだハーレーを2台所有していたが、あの尻焼きを最後にエボリューションを手放してしまい、今回はショベルFLHでの参加である。あまりにきれいなショベルに一同凝視。

 初冬の東北道はまだ朝のこの時間だと空いていて気がつくと山形道への分岐。山形道へ入る。高速道路がない時代、あるいは自動車社会がない時代であれば苦労したであろう山々を見ながら走る。ところどころ2車線が1車線になる。合流する際に強引に割り込む乗用車がいてヒヤリとする場面が何度かあったが、どうやら都会の強引な割り込みというのとは動機が違うらしく、無理に合流した割に、その後飛ばすというわけではない。山形事情通のくるま氏によれば、特に悪気はなく対2輪車に対する走り、あるいは合流路でのマナーとかうんぬんのレベルではなく、まあはやい話があまり気にしない気にしないというスタンスらしい。
 確かにその手のクルマをもう一度追い抜く時に運転席を除くとのどかな老夫婦が運転していたりしていて拍子抜けしてしまう。いずれにしても2輪側として注意が必要な事にかわりはないが。

 山形道を降りる前に一度パーキングエリアで休憩。この時私の頭部に異変があるのに気がついた。黒いふけが大量に頭から落ちてきたのである。放射能の影響か?と思いきや単に劣化したヘルメットの内装スポンジが粉になって大量に落ちているのだ。ヘルメットを振るとものすごい量の黒い粉が落ちていく。うーむ。ヘルメットには有効期限があるそうなので、まるで買い換えを示唆するかのような分量である。思えば10年近く前のヘルメットだ。振っても振ってもまだ降り止まぬクリスマスソングの雪の如くとまらない。やがて頭部付近のスポンジの残骸をごっそり引きちぎって事なきを得た。

 山形道を降りて国道13号線を北上する。片側2車線の地方都市にありがちな道がつづく。2年前に走った記憶が蘇る。しばらく走ると片側1車線になる予定だが、いっこうにならない。どうやらこの2年間の間に片側2車線化が進んだらしい。さっきまであんなに晴れていたのに急に北上すればするほど曇ってきた。
 最初に目指すのは大石田のきよそばだ。道と風景が変わってしまったために、先頭を走るくるま氏が、場所の把握に苦慮。だがしばらく走ると見覚えのある狭い道を走る。

 見覚えがある道ばたを遠くから発見。道路脇に4台のハーレーをとめて中に入る。時間は11時30分。蕎麦を食べ始めるのにちょうどいい時間だ。靴をぬいで店内へ。

 蕎麦とツーリングを組み合わせた(笑)蕎麦ツーリングは、蕎麦にふさわしいおいしい水、山奥、田舎のワインディング。現地ならではのおいしい蕎麦と、バイクツーリングの目的地として実にふさわしいのだが、唯一不具合な点をあえて挙げるとすれば、このおいしい蕎麦屋はほとんどの店で靴を脱いで座敷に上がるタイプの店が多いことである。まだ晴れているからいいものの、雨降りのブーツを脱ぐ行為がどれほどめんどうなことかは想像にたやすい。なんてことを書くともっともらしいが、要は私のお腹がつっかえて・・・(笑)

 さて奥の座敷に通されてさっそく、きよそばの屋号にもなっている、高橋きよさんが登場。くるま氏と久々の対面&再会のご挨拶を交わす。

 くるま氏はかつて仕事上の必要にせまり、学習したネイティブ山形弁?で話しをしていた。私にはほとんど理解できない。

 ふと正面を見ると、すかさず立ち上がりデジカメを構えるkita氏。蕎麦通レポートではなく「ホビーワールドホームページ」はこうして作られる。その名も「メイキングオブ ホビーワールド」にしましょうか?(笑)とすかさずkita氏の撮影する姿を撮影した私であった。

 さてまずは漬け物3種盛りが登場。漬け物は注文していなくてもいきなりドーンと机に登場する蕎麦屋は多い。赤かぶや青菜漬け。この漬け物がそれぞれ絶妙に旨くて適度に遠慮しつつ、だがパクパク食べる。2年前の山形蕎麦通ではこのあとに蕎麦屋のはしごで「七兵衛」という蕎麦屋に行く予定だったので前回は少な目?の注文だったが、今回はお昼はここだけ!と決めていたので板蕎麦と、とり蕎麦(HOTの方ね)を各自注文した。

 板蕎麦はあらき蕎麦よりは色も白く強烈な印象はないが、やはり山形らしい蕎麦だと感じる。板の上にのって出てくる蕎麦なので板蕎麦だ。なぜ山形だけがこうした板にのって蕎麦がでてくるのであった。こうしてレポートを書いているとまた食べたくなる魔力に満ちた食べ物である蕎麦の魅力にとりつかれてしまったようだ。

普段は暖かい蕎麦はあまり注文しない方だが、ここきよ蕎麦ではなぜか注文してしまう。板蕎麦の方ももちろんおいしいが、同様にこの暖かいつゆの中でもけなげに蕎麦の香りを残すこのひたむきな蕎麦に魅力を感じるからだ。2年前に実証済みなので迷わず一同注文する。

 さらにきよそばの名物そばがきを注文。これまた驚きの未体験ゾーン突入型そばがきであった。正式名称は「かいもづ」と呼ぶ。発音は口を大きく開かずにかいもづのづをやや強く発音するようであった。
 待つこと数分。いきなりワタシノ大好きな食べ物5大代表選手であるネギの入った納豆が到着したのである。私はこの時心の中で静かに唸った!「生きててよかった。素晴らしい。」そして次に登場したのが黒ごまの胡麻ダレである。「なんという贅沢、豪華絢爛!」もちろん心の叫びである。これらは「かいもづ」の脇役として駆けつけた名優たちである。


 私の納豆好き&ネギ好きは過去にも書いているので割愛させていただき今回は胡麻について。
 胡麻は最近私が特に、はまっているテーマで毎日のように煎り胡麻(黒)をご飯にふりかけたりして食べている。胡麻は世界中に数千種類もあるごま科の一年生植物の種子で、大きくわけると黒、白、金(黄)の3種類ある。ゴマリグナン、食物繊維、ビタミンE、鉄、カルシウム、マグネシウム等を含み、かなり栄養もあるそうだが、そんなことより旨い!の一言に尽きる。
 以前にもシルクロードを旅した時にも書いたが、胡麻の胡という漢字が示すように、これも西域から伝わったことを漢字が示している。「胡椒、胡瓜、胡桃」と同様だ。紀元前一世紀頃、漢の国の「ちょうけん」という人物が中国の西方の国「胡」から持ち帰った食物を「麻」の実に似ている食べ物ということで「胡」の「麻」、つまり『胡麻』になったという説がある。日本でも縄文末期の紀元前1200年頃の遺跡には種子が発見されているらしく(ほんとか?)平安時代になると食用として食べていた記載もあるそうだ。まあこんな古いことの話は、そうらしいという程度で古代ニュースのねつ造の騒ぎのおかげで古代ニュースは誇大ニュースだと思えて仕方がない昨今だが、まあいずれにしても蕎麦なんかよりは歴史の点ではもうかなりの大先輩食物であることに違いはないのであった。
 胡麻はその豊かな香りと香ばしさ、そして食感が好きである。そして今回の山形そば通を終えてゴマだれにも新しい境地を見いだした感がある。

 話しを戻そう。こうして目の前に出されたネギ入り納豆とゴマだれを交互に、暖かいかいもづに絡めて食べるおいしさは別格であった。まさに夢の共演!コラボレートであったのだ。JAZZの演奏で言えばコルトレーンの演奏を聴きに行ったら、マイルスとビルエバンスまで登場!という感動だろうか。旨い。拍手したくなるおいしさであった。
 こうして3日間の山形蕎麦ツーリングは、今まさに、はじまったのであった。


蕎麦データ
屋号:手打ち大石田そばきよ
住所:山形県大石田町大字横山736
営業時間:11時〜16時(売り切れ御免)
定休日:木曜

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